82 『ルックバックバトル』

 スコットは、攻めるのをやめた。


 ――斬撃でも、このパワーか。あの剣さえ壊せばいいと思っていたが、どうやら見立てが甘かったらしい。


 このまま、バトルアックスで距離を詰め、『破壊神』になって暴れる腹づもりだった。

 だが、思いとどまる。

 それは、ここまでの攻防を分析した結果として、迂闊に動くのをよしと思わなかったからだ。


 ――オレは《くうざん》をしのぎ切った。しかし、この斬撃も《くうざん》ほどではないが重さとパワーがある。大きな隙ができれば、いくらオレでもなんらかの負傷をする可能性が否定できない。慎重にいかねばならん。


 兜の下で、頭から一筋の汗が流れる。

 下手にバトルアックスを動かすと、斬撃に弾かれて隙を作ってしまうかもしれない。

 仁王立ちで胸をそらして、《くうざん》との攻防を振り返る。


 ――そもそも、さっきの攻防、ヤツが《くうざん》を続けていれば、いずれオレが耐えきれずに鎧もオレ自身も破壊されていただろう。


 スコットはそう評価していた。


 ――《くうざん》には圧力とも言うべき不可思議かつ特殊なパワーがある。《ダイ・ハード》で鎧を硬化させ、オレの肉体も最適のバランスで硬化させたというのに、痛みも感じたくらいだ。特に、ヤツの剣が速くなったとき、耐久値は鎧が傷つく寸前だった。攻撃が続けば、鎧にはヒビが入り、一度そうなった鎧は破壊されるのを待つばかり……バトルアックスを動かすのも危険な中、オレは耐えるしかなかった。


 実はそれほどに、スコットは苦しい状況だった。

 だが、それは顔にも言葉にも出さなかった。


 ――あそこでオレが揺らいだら、効果アリと気づかれ畳みかけられていた。だから、オレは平気なフリを続けた。いつまで続くかもわからないがヤツの攻撃を耐え忍ぶことにした。その結果、ギリギリのところでヤツは諦めて攻撃の手を止めた。つまり、ヤツの敗因は別の攻撃を試そうとする好奇心であり、胆力の足り無さだ。


 言うなければ、スコットの粘り勝ちだった。

 一時はヒヤヒヤしたが、ミナトとの会話にも勝利のヒントがあった。


 ――「勝てるまで続けないと」と言いながら、自分の技を信じ切れずに戦術を早々に切り替えたせいで、自ら勝機を手放したのだ。勝てるまで続けるとの言葉に、オレの背中を冷や汗が伝った。だが、ヤツは戦術を変えた。そして、ヤツは「《くうざん》はこの『わのあんねい』じゃないと使えない技だ」とも教えてくれた。


 この言葉を引き出せたのは、スコットとしてはかなり大きい。


 ――もう一本の刀でもできるのではないか、という選択肢が消え、ここを平気なフリでしのぎ切ることで勝てると考えられた。しかも、ヤツは直接叩き込むと宣言した。そのとき、オレは勝利を確信した!


 ミナトも、ここでスコットの表情がほんの少しだけ変わったのを感じ取ったのだが、ニヤリとしてみせただけで、それを返り討ちにする強気だと思った。本当は、勝利を見たことにより、ほくそ笑んだのだ。


 ――あのあと、ヤツの攻撃を防ぐことには成功した。直接来たのが悪くなかった。相性が良かったといえる。おかげで剣をへし折り破壊して、《くうざん》を使えなくしてやれた。それなのに……まだオレはコイツに勝てるか怪しい。ヤツに残された戦術は斬撃だけだというのに! あの刀では《くうざん》も使えなければ、直接攻撃もできないというのに!


 斬撃を飛ばされただけで、バトルアックスを自由に振り回せない。《くうざん》のときもバトルアックスは使えなかった。バトルアックスが壊れずとも、使ったら手から弾き飛ばされてしまうからだ。それだけのパワーがある。

 この相手に、隙は見せられない。

 ずっと揺らぐことなく仁王立ちを続け、ついにバトルアックスを振り回すかのように見えていたスコットだが、心理は外見とは随分と違うものだった。

 今もバトルアックスを地面に突き立て、ミナトの攻撃に備える。


 ――この若さでこの強さ……末恐ろしい少年だ。『しんそくけんいざなみなと、こいつはいずれ世界を騒がせる剣士になる。それも近いうちにそうなる。いや、すでに……。


 スコットの耳には、観客席からのミナトへの応援が聞こえてくる。


「剣が折れたってのにひるんでねえぞ! もっとやれー!」

「いっそスコットを超えてみせろー!」

「もう少しだ、もう少しで突破できる! 新しい時代を作ってくれ! 『しんそくけんいざなみなと!」

「ミーナート! ミーナート!」


 剣が折れたというのに、観客を期待させ味方につけている。人を惹きつける魅力なのか、なにか強烈に人を期待させる力があるのか。

 視線の先にいるミナトが、スコットにはなぜだか大きく見えた。

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