83 『テイクタイムアウト』

 得体の知れない大きな存在感を放つミナトに、スコットはさっき確信した勝ちがまた揺らぐ。


「《そら》」


 ミナトがにこやかに抜刀し、スコットが目で追えた五度の剣の閃きがあったとき、スコットの鎧には七つの斬撃が飛んできていた。斬撃を受けた衝撃でいくつの攻撃があったのか理解する。

 速い。剣を振るのが速すぎる。

 斬撃《そら》は、《くうざん》よりもパワーはないが、鋭さと速さで勝る空気の刃だ。

 相手の攻撃などまともに見ずとも、《ダイ・ハード》のおかげで意にも介さず戦えてきたスコットには、ミナトほどの剣を見極める目はなかった。


 ――どうする。ここは、また耐えるべきなのか? それとも攻めるか? 『破壊神』たるオレが、守るだけでいいのか? だが、動いたとて、あの斬撃の中バトルアックスを振れるのか……?


 楽しそうにミナトが微笑み、話しかけてくる。


「いいですねえ。こんなにすごい鉄壁の守り、見たことありません。無敵ですね。ますます崩してみたくなりました」

「無駄だ。まだわからないか」


 と、スコットは言い返す。

 何度も無駄と言ってきたのも、強さを誇示するための言葉だからだ。ただ、今度の《そら》ならば、耐えるだけなら《くうざん》よりも可能だと思われる。


「気が済むまでやってみろ」

「ええ。次は、吹き飛ばすのはどうかと思っているんですよ」


 ミナトがそう言ったとき、会場からはカーメロへの声援が聞こえてきた。


「今日もキレてるぜ、カーメロ!」

「その冷たい瞳もサイコー! カーメロさーん!」

「ルーキーにはまだ早いってこと、教えてやってくれー!」


 ミナトがサツキへと視線を切る。

 スコットはこの隙に、ミナトへ攻めかかることもできたはずだった。だが、スコットがミナトの元へと辿り着く前に、ミナトはスコットの動きに気づき、《そら》を繰り出せるだろう。そこでスコットが動きを止めたら、今度はこちらが隙をつくることになる。だから動かなかった。


「重なる猛攻撃! サツキ選手これはキツーい! 満身創痍だー! 《スタンド・バイ・ミー》によって、計算されたナイフがサツキ選手の右耳を後ろから切り落とし、そこからの連続攻撃は見るのもつらいほどだった! だが、サツキ選手はまだ立っている! まだ戦う意思は失っていない! そんな顔だ!」


 サツキの傷だらけになった姿を見て、ミナトは笑顔が引いた。口元にだけ穏やかさを残し、つぶやいた。


「すぐに無茶するんだ。サツキは」


 そして、スコットとの戦いなど忘れたみたいにサツキの元へと駆けつけた。


「ミナト選手、スコット選手との戦いを一時休止してサツキ選手の様子を見に行くようだ!」


 ミナトはサツキの横に来ると、無事を確認した。


「大丈夫かい? ボロボロじゃないか」

「気遣う余裕が……」


 とカーメロが言って、ハルバードが動いたとき、キンと高い音がしてハルバードが下げられる。


「《そら》」


 カーメロがハルバードをぎゅっと握り直し、ミナトをにらむ。


「斬撃か」

「おしゃべりする間は、これでお相手しましょう」


 続けて、《そら》がカーメロの髪を数本切り、カーメロが斬撃の軌道を読んでもう一撃をよける。

 そのまま、カーメロはスコットのほうへと歩いていく。

 攻撃の手を止めたカーメロを見送りながら、ミナトはサツキに問うた。


「まだ戦える?」

「無理だと言ったら?」

「あはは。僕が一人でやるだけじゃないか」


 サツキも小さく笑って、


「俺は平気だ。戦える。やるぞ」

「うん」


 ミナトはうなずく。


 ――怪我はひどいけど、大丈夫そうでよかったよ。


 このとき、ミナトにはサツキの顔を見ただけでわかることもあった。


 ――さあて、サツキにはなにか考えがあるみたいだね。ここから本当の勝負といこうじゃないか。

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