127 『ルーズハードネス』

「しゃあしゃあと、勝利宣言なんてしていいわけ? ワタシはまだ次の手が残ってるの……」


 落下するビーチェだが。

水ノ人形兵アクア・パペット》が二体、三体と肩の上に立つように積み重なる。一番上の一体が飛んで、いつでもビーチェを動かせるよう準備していた。

 ルカの《思念操作》と《お取り寄せ》は、いつどこから武器が飛び出すかわからない魔法で、ビーチェはその点もわかった上で《水ノ人形兵アクア・パペット》を動かしたのである。

 が。

 ビーチェの背中に盾が出現した。

 つい先程、ルカが使った盾とは別の安っぽい木の盾。

 ただ、大きさはビーチェがすっぽり収まるほどある。

 縦に二メートルちょっと、横は一メートル五十センチほど。


 ――この盾は、なんのつもり!?


 さらにそこへ、近距離かつ正面から――槍が飛び出した。


 ――来た! 多い!


 槍の数は十五本。

 旗が振られた。

 このコマンドで、宙にいる《水ノ人形兵アクア・パペット》は腕を伸ばした。これによって、ビーチェの足を下から押して、さらに別方向に飛ばそうとする。

 しかし、《水ノ人形兵アクア・パペット》の腕に槍が刺さると、この腕は一度形を崩して硬度を失い、ビーチェの足に触れた水も流れ落ちるようにただの液体に成り下がった。

 またさらに。


「《とうざんけんじゅ》」


 地面には刀剣と槍の花が咲き、《水ノ人形兵アクア・パペット》に突き刺さった。


「その水人形は、物理攻撃を無効化できるけれど。その瞬間、半固形化は解除され硬度を失う。ただの液体になってしまう。その魔法硬直時間はわずか一秒ほど。でも……」


 そして、ルカの槍はビーチェを正面から刺した。両腕は貫かれ、ほかの槍は後ろの盾に突き立ちビーチェの身体を盾に固定させる。

 硬度を失った《水ノ人形兵アクア・パペット》たちはだれもビーチェを助けることはできず……。

 腕をやられたビーチェは両手の白い旗をポトリと落とした。


「一秒もあれば、あなたの両の腕を貫くくらいなんてことない。勝負あったわね、『水軍司令ネイヴィー・コマンダー』」

「すごかね、ルカちゃん! 完全勝利ばい!」


 ヤエがうれしそうにそう祝した。

 ビーチェを捕らえた盾はゆっくりと地面へ降り立つ。

 まだ口は利けるビーチェだが、ルカには話したいことなどない。それはヤエも同様らしかった。


「てことで、あとは眠っとってもらおうね」


 なんの害意もなさそうな笑顔で、ヤエは注射器を取り出し、ビーチェの首に刺すのだった。


「っ! な、なにを!」


 注射器でなにかの液体を注入した。

 むろん、注入した液体はヤエが保管しておいた『眠気』を液状化した魔力であり、ヤエはこれを《せっしゅばり》と名づけていた。

 魔法|針《はりりょう》の二つあるうちの一つの使い方で、《ばっしゅばり》で眠気や魔力や疲れやイライラや熱や細菌などの目には見えないものを他者から抜き出し、《せっしゅばり》でそれを別のだれかに注入する。

 実験好きな化学者のように、嬉々とフラスコを取り出した。


「ついでに魔力とか元気とかやる気はもろてしまうね」


 すでに眠りに落ちたビーチェにそれを告げても了承を得られるものでもないが、ヤエは気にせずそれらを採取してフラスコに入れた。


「結局、手伝ってくれるわけではなかったんですね」

「ごめんね、ルカちゃん。あたしもちょっと加勢したかったっちゃけど、間に合ってそうやし」

「構いませんが。それで、これからどうします?」

「あたしは戦闘向きじゃなか。ばってん、敵がいれば戦うけん。ただ、とりあえず今はできることを探して歩くのが正解ばい」

「つまり、当てもなく歩くと」

「あんまりな言い方やね」


 と、ヤエは苦笑した。


「ばってんほら、向こうに怪我しとー人もおるし、あたしたちん出番やろう?」


 ヤエが指差す先には、怪我をしたマノーラ騎士団がいた。


「ですね」


 こうして二人はマノーラ騎士団の治療をしてやったのだった。

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