50 『メディカルアシスト』

 妙に明るい声がルカの背後から聞こえた。


「安心してよかばい、ルカちゃん。あたしやけん」

「……あたし?」


 最初、ルカは相手がだれなのかわからなかった。

 しかし聞き覚えはある声だし、自分を知っているようだし、知り合いなのは確かだ。方言からして、せいおうこくの五州地方と思われる。

 ルカが振り返ると、そこにいたのは、たか氏の軍医だった。

 鷹不二水軍一軍艦の軍医、『化学者軍医ケミカルメディックまつなが

 ヤエはルカよりも少し背が高いお姉さんで、年は鷹不二氏のオウシと同じ二十三歳。

 彼女が手に持っているのは、注射器である。

 しかも、注射器の針はマフィアの首に刺さっていた。


「体力とやる気と魔力をもらって……」


 と、注射器のプランジャーを引いて緑色のなにかを吸い取り、今度は別の注射器を首にやって液体を注入した。


「疲労と眠気を注入っ!」


 すると、マフィアはかくんと首をもたげて地面に崩れ落ちて眠ってしまった。


「て、てめえ! なにしやがった!?」


 ルカの前方にいたマフィアが怒鳴る。

 ヤエはチラとルカを一瞥して、


「言葉にした通りやけど」

「なんだって?」


 まだ戸惑っているマフィア。

 そこに、ルカは攻撃を仕掛ける。さっきのヤエの視線は、この隙に相手を攻めろという合図だからだ。

 ルカは無言でマフィアの銃を槍で突いて弾き、もう一本の槍の柄でマフィアの脳天を叩いた。


「ぐおお!」

「はい、お疲れしゃん」


 マフィアが倒れ伏し、ヤエは歩き出す。


「な、なぜヤエさんが……」

「ふふ」


 ルカの横を通り過ぎ、ヤエはマフィアの腕に注射して先程と同様に液体を吸い取り別の注射器で液体を注入した。


「これでよかね。で、ルカちゃん。あたしたち鷹不二水軍一軍艦は、ちょっとこのマノーラには貿易に来とったけん」

「貿易……それなら、一軍艦のみなさんもいらっしゃるんですか」

「うん。みんなも街にいるよ」


 ヤエは注射器の液体を眺め、小さく微笑む。


「体力もやる気もそこそこ。いや、ちょっとお疲れかな。まあ、軽めに使うには充分やね」


 と、ヤエはつぶやいた。

 ヤエの魔法は、《はりりょう》という。

 これには、《ばっしゅばり》と《せっしゅばり》の二種類があり、それぞれ魔法の針を刺すことで様々な効果をもたらすことができる。

ばっしゅばり》は、魔力・疲れ・こり・痛み・かゆみ・眠気・イライラ・緊張・元気・やる気・熱・細菌など、目に見えない物でも体内にある物をなんでも取れる。

せっしゅばり》は、抜取したものを他者へ接種することができる。つまり、疲れや元気、魔力などを他者に注入できるのだ。もちろん、接種せずに捨てることも可能。

 医者でもあるヤエは抜き取った物をフラスコに入れて色々と保管しているが、マッドサイエンティストのような趣味はなく、基本的には治療目的か戦闘にしか使われない。当然、ヤエ以外は扱えない代物となっている。

 ルカは魔法名やできることの詳細などもわからないが、知らないなりにもヤエの魔法の強力さは理解できていた。


 ――さすがに、この人も鷹不二氏が飛翔する翼とも形容できる鷹不二水軍において、一軍艦に名を連ねるほどの人物だわ。


 ヤエが注射器をしまったところで、ルカは話を進めることにした。

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