102 『インベイド』

 突然、ブリュノは行動を起こした。

 イーザッコは面食らう。


「お、おい……」

「なにをして……」


 オリエッタも驚愕していた。

 なぜなら、ブリュノは自らの右肩にレイピアを突き刺したからである。

 自傷行為にほかならない。

 すでに痛む右肩をさらに痛めつける道理はどこにもない。

 少なくとも、イーザッコとオリエッタにはそう思えた。

 むろんブリュノには狙いがある。


 ――《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》。これで、ボクの右肩より先は魔力が流れなくなった。今、魔力反応はなくなった。


 これより、時間制限つきではあるが、右腕では魔法を使えなくなった。

 しかし。

 それだけではない。

 右腕は別の働きを持つ武器となる。

 その働きがもたらすのは、リーチである。

 ブリュノが何度目かになる突撃を試み、《魔防領域デルタ》結界に近づく。

 レイピアを《魔防領域デルタ》結界に突き刺す。


「しつこいぜ。無駄だってわからないのかよ。消えな」


 イーザッコの銃が火を噴く。

 銃弾は左のふくらはぎを撃たれたブリュノにはよけるのも難しく、右腕にヒットしてしまう。

 だがレイピアは離さない。

 レイピアは止まらない。

 あの《魔防領域デルタ》結界を突き破り。

 さらに、レイピアを握るブリュノの右手も《魔防領域デルタ》結界の中に入る。


「なに!?」

「そうか……へえ」


 と、イーザッコとオリエッタは同時に理解した。

 右腕には魔力が流れていない。完全に魔力を含んですらいない。

 ゆえに、《魔防領域デルタ》結界に侵入できたのだ。

 ブリュノはそのまま腕を伸ばして突いていく。


「だが、入ってこられるのは右肩まで! ぼくには届かない。ぼくの一人の時間は続くんだ!」


 しかし、奇襲があった。

 チナミの手裏剣が飛んできた。

 回避するには、そのルートを制限されている。


 ――ぼくの裏から来たか! 前に出ればやつのレイピアが! 後ろによければ手裏剣の餌食! だが、手裏剣に頭を貫かれるよりレイピアのほうがマシだ! 所詮はただのレイピア!


 一瞬の判断でそこまで計算し、イーザッコは前に出た。

 レイピアを受けるには、イーザッコには体術が足りない。

 イーザッコの右肩に、レイピアが刺さる。


「右肩か! 意趣返しのつもりかよ!」

「ボクにそんな趣味はないよ」


 そう言うと、ブリュノは右手を引いた。

 レイピアで貫いた右肩から、イーザッコは外れない。イーザッコはこうしてブリュノの目の前まで引き寄せられた形になった。

 サッとレイピアを肩から抜くと、ブリュノは左手に持ち替える。

 右手でイーザッコをつかみ、《魔防領域デルタ》結界内から引きずり出した。

 外に出てしまうと、もうイーザッコを守るものはなにもなかった。彼自身の体術も体力もない。あがく気力が失われていた。魔法を繰り出すには痛みが勝ち、気力が生まれない。

 そして、ブリュノは左手に持ったレイピアでイーザッコの右肩を突いた。


「ぐああああ!」

「《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》。大した痛みじゃないはずだよ。傷口が塞がるのにそれほどの時間も要さない。だが、魔法はもう使えない。《魔防領域デルタ》結界を展開できない。指の動きで魔法を発動していたようだけれど、右手に魔力は宿らないからね」

「……はぁ、……はぁ……」


 息も絶え絶えになるイーザッコだが、彼が自覚しているよりも傷は小さい。ただ、魔法が使えなくなったというだけだ。彼にたった一つ残されていた、魔法による防御の道すら断たれたのである。


「通常なら一時間なんだけど、キミには六時間以上回廊を閉じさせてもらったよ」

「ち、ちくしょう……はぁ……」


 ブリュノは《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》で回廊を遮断する時間の調整ができた。彼はコロッセオの魔法戦士として、不必要に相手を痛みつけることを好まぬジェントルだから、試合中の効果だけを見越して普段は一時間としている。

 だが、六時間以上でも可能だった。

 イーザッコに至っては、マノーラ騎士団に捕縛されたあとはなんでもよかった。腕を自由にさせなければ時間はいくらでもいい。だが、いつマノーラ騎士団に出会えるかわからないため、少し長めに時間を取ったのである。

 薄く端麗な微笑を浮かべ、ブリュノはつぶやいた。


「どうやら。チナミくんのほうも終わったようだね。見事だったよ」

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