18 『スナイパーはターゲットを見つけて薄く笑う』

 サツキがチナミとナズナの二人と叫び声がしたほうへ行く途中――。

 前を歩くチナミが、だれかとぶつかりそうになった。反射神経のよいチナミはひらりと避ける。

 相手がだれなのか、サツキはすぐに気づく。


「ルカ」

「サツキ。無事だったのね」


 ナズナはルカを相手にあまりおびえた様子はないものの、やっぱり初対面の相手は不安なのか、チナミにくっつく。チナミのほうは、説明が欲しいのか無言でじぃっとサツキを見上げていた。

 その視線に気づき、サツキは話す。


「紹介する。仲間のルカだ」

「ルカです。よろしくお願いします」

「チナミです。よろしくお願いします。こちらはナズナ。クコさんとリラさんのいとこです」

「ナ、ナズナ……です」


 互いに挨拶を済ませると、ルカはナズナを見て、驚いたように目を丸くした。


「この子が、おとなずな……」


 しかしすぐに目を細める。


 ――いくつかの偶然が、すでに重なっている。まさかサツキが音葉薺と出会っていたなんて。それにしてもこの子、クコもそうだけど、リラにも似てるわね。いとこだから当然だけれど、あの姉妹よりちょっと頼りなげに見えるわ。


 などと考えていた。

 サツキがルカに聞いた。


「さっき、叫び声があったのを知らないか?」

「私、その直後にそこへ行ったわ。でも、だれもいなかった。ただ人斬りがあったみたいに、橋の上で血を流した人が倒れていたの」

「人斬り、か……」


 人斬りという単語を聞き、サツキはガモンの顔が頭に浮かんだ。

 また同時に、ガモンのクコへの敵意のような空気も思い出す。


 ――もし、人斬りがあのガモンさんで、そこに向かったクコが彼と遭遇してしまったら……。


 嫌な汗がじっとりと背中に浮かぶ。


 ――かなりまずいな。


 ルカが問う。


「それで、サツキはどこへ向かっているの? 目的地があるなら、歩きながら聞かせてちょうだい。ここまでのいきさつを」

「わかった。歩こう。目的地は、その人斬りがあったところだ。クコの性格を考えると、クコはそこへ行く可能性が高い」


 歩きながら、サツキはチナミとナズナの二人に会った経緯を話した。アルブレア王国騎士に追われ、逃げた先でチナミの家で応急処置をさせてもらったこと、その後、宿に戻ろうとしたらクコの偽物に迎えられ、それがアルブレア王国騎士の魔法による人形だったこと、またチナミの家に行ったら、隣に住むナズナと会ったこと。そして、クコとルカを探すため外に出ていたこと。

 話を聞き終え、ルカは言った。


「なるほどね。状況は理解したわ」

「手間をかけた。ごめん」

「謝らなくていいわ。狙われるのは仕方ないこと。それにアルブレア王国騎士を一度に二人も相手にするのは大変だもの」

「ルカ。ここからは敵との戦いに備え、帯刀したほうがいいだろうか」

「人斬りに襲われるリスクよりも、戦える準備が大切だわ」

「うむ」


 サツキは、帽子に収納しておいた刀を、《ぼう》の望む力で取り出し、腰に下げた。


「ルカのほうはなにか問題はなかったか?」

「ええ。この通りなにも。ただ、その人斬りがあった場所に、アルブレア王国騎士が近づいていた。だから私はその場を離れることにしたの。でも、彼らがあの場に残っているとは限らないわ。戦っているところを見たわけではないからわからないけど、あのときいた二人はかなりの使い手だと思う。いえ、片方だけ……髪を逆立てた、手足のリーチが長いその騎士は、別格だった」


 ふむ、とサツキは話を聞く。


 ――あれだけ強いルカがそう言うのだから、その騎士は相当なものだろう。もっと言えば、このルカが避けたくらいだもんな。


 名前はわからないが、特徴は覚えた。

 ルカの評価を聞き、チナミが口を開く。


「その人なら、オーラフ騎士団長という方でしょう」

「知ってるのか」


 サツキが驚く。


「はい。ナズナと紙芝居を見ているとき、後ろで話していた騎士たちがそうです。中でも、その人だけは他の騎士と違ってました」

「オーラフ騎士団長。会いたくない相手だ。できれば、玄内先生を見つけてからにしたい」

「そうね。玄内先生がいれば、負けることはないと思う。世界でも個人の武力が四本の指に入る『よんしよう』クラスじゃないと、玄内先生は苦戦さえしないでしょうね。私の出会った中では一番強い人だったから」

「ルカ。その『よんしよう』って?」

「晴和王国、アルブレア王国、メラキア合衆国、黎之国にそれぞれ一人ずついる、世界最強の四人よ」

「アルブレア王国にも……」

「アルブレア王国のすべての騎士を束ねる総騎士団長、隈砥暗解ワイルド・グランフォード。もしかしたら、そのグランフォード総騎士団長もクコの敵になるかもしれないわね」

「そんなのを相手にする可能性もあるのか」

「まだ先の話でしょうけど、そんな人たちと戦うためにも、玄内先生を見つけて鍛えてもらいたい」

「うむ」


 やや話が横道にずれてきたところで、進む道も曲がる。

 曲がった道の視線の先に、その人はいた。

 逆立った髪、長身に長い手足。

 騎士服はアルブレア王国のものである。

 二人いるうち、一人は女騎士で、もう一人がさっき話題にしたばかりのオーラフ騎士団長であった。

 オーラフはサツキの姿を見てすぐ、薄い微笑を作った。


「キミだな。『いろがんしろさつきは」


 ここでの戦闘は避けられない。

 逃げる場所も、距離もそうないようだった。

 サツキは帽子のつばを指先でつまみ、目をあげた。


「確かに、城那皐は俺です。そういうあなたは?」


 オーラフは大仰に腕を開いて名乗った。


「我が名はオーラフ。『武装殺しコアスナイパー条須央羅伏ジヨーンズ・オーラフだ。『純白の姫宮ピュアプリンセス』はいっしょじゃないみたいだが、キミのことは始末させてもらおうか」




 ヒナは橋の上で斬られた青年を目撃してしまい、そこにはいられなくなってとにかく離れた。人波を求め、夜も眠らない王都の大通りを歩いていた。


「とにかく王都見廻組よ。見廻組に報せて、あたしはさっさと宿に戻るに限るわ」


 なにがどうなっているのか。


 ――そもそも、あの斬られそうになったぼんやりしたやつはどうなったのよ。いなくなっちゃってたし。


 不可思議な王都は、こんなときでも幻想的に美しい。不安を混ぜ合わせた夢心地にする。

 それとも、美しさは夜桜の錯覚だろうか。

 人波をすり抜けて歩いていても、不気味な光が乱舞する。

 足早に歩いて、ヒナはやっと王都見廻組を発見した。


「あの制服と提灯、間違いないわね」


 ヒナは駆け出す。




 幕末の人斬りガモンから逃げたクコは、この事実を王都見廻組に報告しようと考えていた。


 ――せっかくわたしを助けてくださったあの剣士も、もしかしたら……。いずれにしても、あのままでは、血が流れることに変わりはありません。


 逃げる足はもつれて何度か転んでしまったが、そのたびに起き上がって駆け足で町を巡っていると。


「あ、王都見廻組の方ですね」


 クコは再び駆けて行き、『見廻組』の文字が書かれた提灯を手に持った王都見廻組の二人組に声をかけた。


「人斬りが出たんです!」

「人斬りがいたの!」


 もう一人、別の少女の声が、クコの声に重なり絡んだ。


「こっちです!」

「こっちにいます!」


 二つの指先が向いた方向は真逆だった。

 二人の少女から出された、食い違う意見。

 それら二つの報告を同時に受けた王都見廻組の二人組は、不思議そうに少女二人を交互に見る。

 クコも、反対側で声を張り上げた少女を見た。


「あなたは――」

「あんた、城那皐といっしょにいた、天動説女ね!」

「ヒナさんでしたね」

「そうよ。それより、人斬りが出たんだって!」


 緊急を伝えるヒナ。

 どうやら二人が知り合いらしいとわかったが、王都見廻組組長であり頭にねじったハチマキを巻いた男性は、冷静に少女たちに言った。


「もう安心してほしい。我々はキミたちの味方だ。まずは順番に話を聞こうか。この王都見廻組組長、おおうつひろが承る」




 話を順番に聞いた王都見廻組組長ヒロキは、部下のかくひらこうに言った。


「どう思う? コウタくん」

「ぼくはどちらも真実だと思います。そもそも、人斬りが一人だという確証がありませんでしたから」


 きびきびと答える若い部下コウタは、まだ十代後半である。まだ入隊から一年が経ったばかりの新入り隊士だった。

 そんな新入りの意見も真剣に聞き、ヒロキはうんとうなずき、自分の意見を述べた。


「さっきも、今宵はなにかが起こっていると報告があった。わしは、ここ数日の人斬りはヒナくんの言ったほうの可能性が高いと考える。クコくんのほうに出没した人斬りは、刀を持っていないクコくんを狙ったからね。しかし、これまでの噂に間違いがあった可能性も、イレギュラーの可能性も捨てきれない。決断は冷静にしなければならないが、これだけは言える。どちらも取り締まるべきだ、とね」

「はい。ぼくもそう思います」

「よし。わしはまず、不明な点の多いヒナくんの言った人斬りを追う。コウタくんは詰め所にこの子たちを連れて行き、彼女たちの安全が確保できたあとで、隊士三人以上でクコくんの言った人斬りの場所へ向かってくれたまえ」

「了解です。わかりました。しかし、組長のほうへ応援を出さなくてもよろしいのですか?」

「手の空いた者がいればで問題ない」

「はい」

「わしは、人数は効率的に分配すべきだと考えている」

「同感です」

「頼もしいなァ、コウタくんは」

「光栄です」

「では、行ってくる。この子たちを頼んだよ、コウタくん」

「はい、いってらっしゃいませ」


 キリッとした返事をして、コウタがクコとヒナに向き直る。


「あの人がいればもう安心だよ。『おうばんにん』と呼ばれている人なんだ」

「かっこいいですね」

「うん。ぼくの憧れさ。じゃあ行こうか。詰め所まではそう遠くない。もう少し詳しい話が聞けるとなおいいんだけど」

「ご協力させてください」


 クコはそう答えるが、ヒナは違った。


「あたしは宿が近いから、変なのに遭遇しないうちに宿に戻ります」

「それもいいだろうね。身の安全が一番だ。近いなら送って行こう」

「大丈夫ですよ。ほら、あの角を曲がったところの宿ですから」

「あそこか」

「もしなにかあったらあの宿に来てください」

「ありがとうございます。そうさせてもらうね」

「じゃあ」


 ヒナはぺこりと頭を下げて走って行った。

 コウタはクコに言った。


「ぼくたちも行こうか。詰め所にいれば安全だから、落ち着くまでいるといいよ。朝になれば人斬りも出なくなるしさ」

「すみません。お願いします」


 クコとしては、気がかりもある。


 ――ナズナさんは家にいて大丈夫なのだと思うけど、サツキ様はどうなっているのでしょう……。


 それでも、王都見廻組の詰め所へと行くことに変更はない。

 今はただ、サツキの安全を祈るしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る