26 『窟-忽-乞 ~ Goad Guard Gourd ~』

 豚白白とんぱいぱいは、キョロキョロと周りを見る。


「みんなひどいだっちゃ。こういうときだけ『水の戦士』って言われても」


 警戒しながらゆっくりと歩く。


「おいらひとりで偵察なんて、怖いだっちゃ」


 ――どこに潜んでいるのかもわからない、どんな姿なのかもまるでわからない妖怪。しかも二人組……。おいらが戦えるだっちゃ?


 実は、豚白白は仙晶せんしょうほうたちが言うような囮作戦にはまるで気づいていなかった。

 ばかりか、妖怪の存在を知ったのはつい今さっきキミヨシが口にしてからである。

 当然、妖怪二人組を油断させるための演技などしていない。

 歩いていると、洞窟が見えてきた。


「妖怪が二人いるってキミヨシくんが気づいておいらを偵察に行かせたけど、なんでおいらだっちゃ?」


 希望を考えてみる。


「もしかして、相手が美女だからおいらが適任ということだっちゃ?」


 なんて、都合のよいことを口にすると、返事が来た。


「ご名答や!」

「勘はいいのね」


 その声を聞いて、豚白白は急に陽気になった。


「ええっ!」


 そわそわしながら言う。


「あ、そうだっちゃ。す、姿を見せるっちゃ! おいらが、相手になるだっちゃ!」


 笑みを浮かべながら宣戦布告する豚白白の前に、二人組が姿を現した。


「ウチはきんりゅうや!」

「アタイはぎんりゅうよ」

「泣く子も黙る『ようかいじょまい』とはウチらのことやで!」

「金竜姉さんは過激で刺激的な女だけど、アタイはクールビューティーなの。悪いけど、そんな熱い視線で見られちゃ嫌だわ」

「全然熱い視線なんか送ってないだっちゃ……」


 女妖怪の金竜と銀竜の登場に、豚白白はすっかり気落ちしていた。


 ――美女じゃないだっちゃ……。キミヨシくんたちは、本当においらを懲らしめるつもりだっちゃ。


 豚白白にとっての懲らしめるの意味はわからないが、自らを『妖怪美女姉妹』と名乗る姉妹が期待外れなことへの落胆は隠しようがない様子であった。

 金竜は、年は四十を過ぎたくらいに見える。妖怪だから実際の年齢は異なるが、小太りでいかめしい顔つきなところが、自身の体型を棚上げしても豚白白の好みとは違っている。金竜は背中に大きなひょうたんを背負っていた。

 銀竜は、年は三十代前半くらいに見える。こちらも当然妖怪だから年齢は異なる。ただ、小さい姉とは違ってすらりと背が高く、長い足が垣間見える。豚白白は銀竜も好みではないくせに自然とその足に目線が固定されており、背中に剣があるのも見えていなかった。

 金竜が言った。


「ウチらの魔法はほんますごいんやで!」

「どうすごいんだっちゃ?」

「こういうことや! やい、豚白白!」

「なんだっちゃ?」


 豚白白が返事をすると、金竜が背中のひょうたんの口をスポッと開けてみせた。


「うわあああだっちゃぁぁあ!」


 身体がひょうたんの中へと吸い込まれてゆく。豚白白が完全にひょうたんに入る。キュッと、フタを閉めた。


「ほんまチョロいわ」

「金竜姉さん、やったわね」

「これで一人確保や」

「さすがは姉さんの《忽ちひょっこりひょうたんまい》だわ」

「尾行してやつらの名前を把握しておいた甲斐があったってもんやで。あと四人も捕まえたるで、銀竜」

「アタイの魔法を使ってあげるのは、全員捕まえたあとでもいいわね」

「せやな! 銀竜、待ち伏せするで」


 二人はそのあと、待ち伏せすることにした。




 リラたち四人が豚白白を探しながら山を登って行くと、洞窟を見つけた。

 仙晶法師が目を細める。


「あの洞窟、怪しいですね」

「確かに」


 と、トオルが同意する。


「キミヨシさん。見てきてください」

「仙晶さまは人使いが粗いだなも。わかっただなもよ」

「わたくしも行きます」


 キミヨシが前に進む。その一歩後ろにリラが続いた。

 そうして二十メートルも進んだところで、ふた組の間に金竜と銀竜の妖怪姉妹が姿を現した。


「ウチは金竜や!」

「アタイは銀竜よ」

「泣く子も黙る『妖怪美女姉妹』とはウチらのことやで!」

「豚白白はアタイらがいただいたわ」


 彼女たちの名乗りと宣言を聞き、キミヨシは苦笑しながらポリポリと頬をかく。


「趣味が悪いだなもね。どっちの意味でも」

「どういうことやねん!」


 金竜のつっこみに、キミヨシはけろりとした顔で答える。


「美女に弱い豚白白くんが、この二人のことも美女だと思っていたら趣味が悪い。またあなた方が豚白白くんを気に入っていただいたと言っているなら、こちらも負けずに趣味が悪い。豚白白くんは優しいやつだなもが、まあ、そういう次第で」


 ぺらぺらとしゃべるキミヨシに苛立ったように、金竜がつっこんだ。


「なんでやねん! ウチらは美女姉妹やぞ! ほんで豚白白が気に入ったからやない、敵やからこのひょうたんにしまったって言うたんや! わかったか!」

「金竜姉さん、それを言ったら警戒されるわ!」


 妹の銀竜が諫めるが、キミヨシはニタニタしている。


 ――なるほど。条件は確定されていないが、おおよそはわかっただなも。


 図に当たった。

 偵察に行ってきた『子』で見てきたのと合わせても、あの姉妹のひょうたんに秘密があるのは明白である。

 内心でキミヨシはほくそ笑む。


「もうええわ! 銀竜、そっちの二人を足止めしとき。ウチはまず、仙晶法師とトオルを捕まえたるわ」

「わかったわ、金竜姉さん!」


 銀竜はキミヨシとリラに向き直り、背中の剣を抜いた。


「さあ、観念なさい。金竜姉さんったらちょっと口を滑らせたけど気にしないでいいわよ。アタイが二人共、ここで斬ってあげるから」

「そうはいかないだなもよ」

「あら? 策があるようには見えないけど?」

「うきゃきゃ、それはお互い様だなも」


 キミヨシは背中から《にょぼう》を引き抜き、くるくると回してビシッと構える。


「やあやあやあ! この《如意棒》で叩きのめしてくれる! 覚悟するだなもよ」

「そんな棒でなにができるのよ!」


 ここから、キミヨシと銀竜は激しく打ち合った。

 リラは少し下がって様子を見る。

 一方、仙晶法師とトオルは姉の金竜と戦う。

 仙晶法師がトオルに告げる。


「頼みますよ、トオルさん」

「わかってます」


 トオルは槍状の武器を構える。先端が半月状になっており、反対側はスコップの形状になっている。《月牙移植鏝ジョイントスコップ》と呼ばれる、仙晶法師が魔法《我物与魔ギフト・スピリット》で作り出した魔法道具である。


「そんなんいくら構えても無駄や! それよりもトオル」


 呼ばれて、トオルは仏頂面でにらみ返す。


「……」

「顔怖っ! 返事せい! おいこら、『ちんもくげきりん』ってそういう意味か!」

「おまえ、戦闘力は意外と低いだろ」

「なに言ってんねん! 強いわ!」


 喚くようにつっこむ金竜の目を盗み、トオルは視線だけちらっと仙晶法師を振り返る。仙晶法師はうなずいた。


「じゃあこいつを受けてみな!」


 トオルが駆け出す。《月牙移植鏝ジョイントスコップ》で殴りかかった。


「そんなんウチがくらうわけないやろ。それよか聞いてくれへんか、トオル」

「聞いてやるわけねえだろ」


 言い返すと、金竜がニヤリと笑った。背中の大きなひょうたんの口をスポッと開けた。


「身体が……」

「そういうことや!」


 ひょうたんにトオルが吸い込まれてしまう。抗うことさえできず、あっという間にトオルはひょうたんの中にしまわれた。


「それがあなたの魔法ですか」


 仙晶法師が言うと、金竜は腕組みしながら返す。


「《忽ちひょっこりひょうたんまい》や」

「そうですか」

「まあ、このひょうたんにしまうだけや。せやな、取引しよか? 言うこと聞いてくれたら、トオルは返したるわ」

「取引?」

「難しいことあらへんよ。なあ、仙晶法師」


 金竜が呼びかける。

 だが、仙晶法師は合掌する姿でなにかをお祈りしているようである。


「返事せい! 無視すんなや!」

「《我物与魔ギフト・スピリット》」


 ぽつりとつぶやき、合わせていた手を離すと、手の中にひょうたんが出現した。大きさは金竜の持っているものより随分小さい。二つのこぶはそれぞれ直径で二十センチと三十センチほどだろうか。

 仙晶法師はそれを金竜に向ける。


「私からも頼みがあります」

「ん?」

「金竜さん」

「なっ……ハッ」


 返事をしかけて、慌てて金竜は口を塞ぐ。両手で覆った。その隙に仙晶法師は林の茂みの中へと逃げてゆく。


「なんやねんそれ! 逃がすか!」


 金竜が追う。

 キミヨシの視界からは、仙晶法師と金竜の姿が消える。

 リラはいつの間にかいなくなっており、キミヨシと銀竜の対決は激しい打ち合いによる攻防が続けられていた。


「あの女はあんたを置いて逃げたわよ、いいの?」

「そっちこそ、お姉さんと離れ離れだなもよ」

「くらいなさい! りぇええええい!」


 銀竜の鋭い突きが来た。


「しまっただなも!」

「おしゃべりしてるからよ、うふ」


 胸部を貫き、銀竜は確かな手応えを感じる。


「勝ったわ」

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