24 『形-業-凝 ~ Girl Appreciate It ~』

 サツキが部屋に戻って少しすると、ナズナとチナミがやってきた。

『アークトゥルス号』の客室は一人部屋になっているが、四人くらいが同室で過ごすくらいなら狭いとは感じない。

 小柄なナズナとチナミならなおさら余裕がある。

 ナズナはサツキから超音波の魔法の話を聞き、チナミもいっしょに魔法の可能性を考えた。

 三人寄れば文殊の知恵、前に二人で話したときよりも生かし方の案も増えた。

 その後、サツキはチナミと将棋を指した。

 横で、ナズナは静かにシール遊びをしている。シール帳のシールを貼り替えたりして、女の子のシールにリボンをつけて、バッグを持たせる。それを浦浜で買った《マイシールアルバム》のページにぺたっと押しつけて、それを記録として保存する。今度は別の女の子を三人並べて、可愛く飾り付けたりした。どこかナズナとチナミとリラに似ている三人のシールを見て、ナズナはにこにこと楽しそうにしていた。

 チナミはサツキの将棋を指す手を見て言った。


「サツキさん、だいぶ駒の動かし方がよくなりましたね」

「いや。まだチナミのマネをさせてもらっているところが多い。チナミだったらどう指すか、と考えることもある」

「……そ、そうですか」


 と、チナミは無表情のままだが頬を少し赤らめる。


「だとすると、考え方が、似てくることもあるかもしれません」

「なるほど。あるだろうな」

「おじいちゃんが言ってました。チナミは私に指し方が似てきた、ものの考え方も似てきてるかもしれない、と」

「考えることが学者らしいな。さすがはかわ博士はかせだ」


 チナミはちらとサツキを見上げて、


「私は、おじいちゃんにすすめられて、詰め将棋をやるようになりました。おもしろいです。勉強法の向き不向きは人それぞれですが、いずれにしても、思考力を高めてくれます」


 とチナミは饒舌になった。いつもはだれにでも口数が少ないチナミだが、将棋などの頭脳ゲームの話ができる唯一といっていい相手だから、自然とよくしゃべる。


「そういえば、俺はまだ、詰め将棋をやったことがなかったな」

「でしたら、ぜひやるべきです。教えます」

「頼むよ」


 一旦対局が終わり、詰め将棋をすることになった。


「ちょっと部屋に詰め将棋の本を取りに行ってきます」

「うむ」


 チナミが部屋を出た間に、サツキはナズナに言った。


「そうだ。ナズナ」

「は、はい」

「超音波の魔法の修業をしないか?」

「そう、ですね」


 ナズナはシール帳を閉じて、立ち上がった。


「最近の練習じゃあ、《超音波探知ドルフィンスキャン》で空間の把握がかなり高い精度でできるようになってきてるしな」

「サツキさんの、おかげ、です」


 はにかむナズナに、サツキは微笑む。


「ナズナの頑張りだ。さっそくやってみてくれないか」

「わ、わかりました」


 すぅっと息を吸い、ナズナは「あー」と声を出しながら超音波を発した。


「俺とナズナで、名前も新しくつけた。《超音波図形ドルフィンマーク》。音の波に魔力を付与し壁などに図形を描く。魔力が見える俺だけが見える。描ける図形も増えて、もっと練習すれば文字も書けるようになりそうだな」


 サツキは目を凝らしてナズナが描いたハートマークを見、腕組みしながら大きくうなずいた。


「ど、どうですか?」


 ドキドキしながらナズナが上目にサツキを見て、反応を待つ。


 ――声で描いたハートマーク……。こんなに大きく、描けるようになった……。わたしの魔法の上達……? それとも、サツキさんのためだから……? わからない……けど、感謝の気持ちを伝える、おまじない、です。


 サツキが口を開いたそのとき、チナミが部屋に戻ってきた。


「ただいまです」

「うむ。大きなハートマークを描いてくれたんだな。形も綺麗だ。うれしいよ」


 ――俺の手伝いがあったといはいえ、ナズナの成長は自分のことのようにうれしいものだ。


 満足そうに言ったサツキの言葉に、ナズナはチナミの顔と見比べ、真っ赤に頬を染めて、


「あ、あの……これは……チナミちゃん……ええっと、サツキさんにしか描いてなくて、その……サツキさんと二人のときだけで……」


 続きの言葉が思うように出ず、


「な、なんでもないの……」


 それだけ言い残し、ナズナはシール帳を抱いてぱたぱたと逃げるよう部屋を出て行った。

 チナミは状況がわからず、サツキをジト目で凝視する。


「サツキさん、ハートマークってなんですか?」

「ナズナの魔法の練習だよ。いつも描いてもらってるんだ」

「ふーん。なんでハートマークなんですか?」

「なんだ、チナミは知らないのか」


 ちょっとおかしそうにサツキは笑った。まるで常識だとでも言うようにサツキは言う。


「それはナズナがハートマークが好きだからさ。いつもの着物にもハートマークの模様があるし、超音波でなにか図形を描いてみてくれと最初に言ったときもハートマークを描いてみせてくれたんだ」


 女子がハートマークを好きになるのもイメージとしてはわかるが、ナズナは特にハートマークが好きなのだろうとサツキは知っていた。


「ふーん。なるほど」

「修業として、毎日見せてくれるように言って日課にしてるんだぞ」

「ふーん。そういうことでしたか」

「どうした?」


 チナミがジト目なことにようやく気づいたサツキは、不思議そうに聞いた。


「サツキさん、将棋盤の前に座ってください」

「うむ。さっそくやるか」


 サツキが腰を下ろすと、チナミは今持って来たお気に入りの詰め将棋の本を抱えたまま、


「……教えるには、同じ方向から見たほうがいいですよね」

「ふむ、一理ある」

「では、サツキさんの前に座ってもいいですか?」

「前? 構わないが……」


 しかし、前といったら盤が遠くならないだろうか、とサツキが思ったところで、


「お邪魔します」


 と、チナミはサツキの膝の上にちょこんと座った。あぐらの上に乗っているのだが、小さいし軽いし、小動物が膝に乗っているような気分になる。


「サツキさん、これは毎日の日課にします」

「戦略を練る上で、読みの力がつくということだな」

「はい。それ以外に理由がありますか?」

「ないな」

「はい、あるはずがありません。では。まず、これをやりましょう。いっしょにやってるつもりで、見ていてください」


 駒を並べながらチナミは詰め将棋の説明を始めた。

 この二人でやる対局や詰め将棋が、のちのちサツキの軍事司令官としての才覚を研ぎ澄ませることになる。もっとも現状は、チナミはただサツキとこうやって過ごすのが好きなだけで、サツキも詰め将棋を楽しんでいるのに過ぎない段階だが。

 詰め将棋を実際にやってみて、それからチナミはサツキの膝の上から立った。


「また詰め将棋、しましょう」


 どこか恥ずかしそうにしながら言うチナミに、サツキはうなずきを返す。


「ああ。また教えてくれ」

「はい」


 ちょっぴりほくほくさせたような、うれしさがにじむような顔をするチナミ。その表情にサツキは気づかない。




 その頃、ルカはサツキの部屋を訪れようとしていた。


 ――サツキは毎日、本を読んでノートまで取って勉強してる。私も相談に乗ったりするけど、意外と教えてあげられることってないのよね。


 歩きながら、ルカは手に持った本を見て、


 ――でも、この本はいろいろな知恵が書かれていて、きっとサツキの役に立つわ。たとえ、私が相談に乗ることが、サツキの頭の整理にしかならないとしても、やれることはなんでも……。


 と本を胸に抱く。

 サツキの部屋の前にやってくる。


 ――サツキ、いるかしら……。サツキが今凝ってる武将の本、喜んでもらえるといいんだけど。


 やんわり握った拳をドアへ伸ばす。

 だが、ノックしようとしたところで、中から声が聞こえてくる。


「記憶力、論理的思考力、判断力、分析力、高次認知機能を鍛えられる」

「高次認知機能……確か、計画の立案や実行、抽象化や組織化する能力、洞察力などですね」

「うむ」


 そんな会話が聞こえてきて、ルカはノックする手を下ろした。


 ――チナミといっしょだったのね。


 ルカはきびすを返す。


 ――出直そう。邪魔はできないわ。サツキも頑張ってるし、私も……。


 ドアを一瞥し、ルカは自室へと戻る。




 この少し前、サツキは詰め将棋が終わると、思いついて言った。


「そうだ。詰め将棋を教えてくれたお礼に、頭脳ゲームが好きなチナミにこれを教えよう」

「なんですか?」


 紙にペンで九マスの正方形を九つ並べ、そこに数字を入れてゆく。


「数独という。俺の世界にあった頭脳ゲームだ。このように、九つの正方形の九マスには絶対に1から9の数字を入れ、縦横の九マスの列にも1から9の数字を入れる」


 と書きながら説明していった。

 完成したものを見て、チナミは目を輝かせていた。ふんすと息を吐き、きらきらした目でサツキを見る。


「すごいです。おもしろいです」

「ふつう、空いたマスを埋めて遊ぶゲームなんだ。記憶力、論理的思考力、判断力、分析力、高次認知機能を鍛えられる」

「高次認知機能……確か、計画の立案や実行、抽象化や組織化する能力、洞察力などですね」

「うむ。自分でつくるのは大変だからやる人はあまりいないが、ヒマなときにはつくってもおもしろいかもしれないぞ」

「やってみます。修業の一環になるかもしれません」

「そんなに真剣にじゃなくてもいいからな。頭の体操だと思ってさ」


 この日から、サツキとチナミは互いに数独の問題をつくって遊ぶようになる。毎日のようにはできないが、たまに見せ合い互いに解くのである。


「今日は楽しかったです。ありがとうございました。また明日です。おやすみなさい」

「こちらこそありがとう。おやすみ」


 チナミが部屋を出て、パタリとドアを閉めた。ドアに背をくっつけ、ぽつりとつぶやく。


「毎日の日課……。言っちゃった」

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