7 『チーキールーキー』

 ダブルバトル部門の大会、『ゴールデンバディーズ杯』が始まった。

 サツキとミナトの出番はまだ先なので、みんなで試合を観戦する。

 いろんな選手が出場していておもしろいが、これはそのままいろんな魔法を見られることを意味していた。魔法戦士同士の戦いでは、互いに魔法を使って力と技を競い合う。

 先日のサツキの対戦相手・はくほうのような魔法を使わない武闘家はめずらしく、このコロッセオでは拳で戦う選手もなんらかの魔法を使うことがほとんどだ。

 しかし、サツキとミナトが見たところ、これは強いと思えるバディーはまだ出てきていない。


「みんな一回戦だから手を抜いているのかな?」


 ミナトがとぼけたことを聞くので、ヒナが思わずつっこむ。


「そんなわけないでしょ! あれだけ汗だらっだらで戦ってる舞台の四人を見てみなさいよ! ていうか、周りの人たちも白い目であたしたちを見てるから変なこと言うなー!」


 一階席では、周囲にも出場者がいる。彼らの中にも、ミナトの言葉に感情を煽られた者もいただろう。にらむような視線もある。


「落ち着いて。大丈夫さ、ボクらが心配しなくとも、ミナトくんが楽しめる試合も行われるはずだよ」


 ブリュノが優しくキザにヒナをなだめるが、ヒナは言い返さずにはいられなかった。


「そっちの心配はしてないですよっ! ああ、ミナトと変わらないレベルのとんちんかんだわ、この人」


 頭を抱えるヒナだが、ブリュノはまた自分の世界に入って話している。慈愛の精神に溢れる人が、自分の感じる楽しさをだれかに分け与えたいと思っているかのように、


「ボクはサツキくんに、試合を見ることでボクの魔法や戦闘の腕が磨かれると教わった。だからどんな試合でもボクは楽しんで見られるんだ。ああ、ボクは幸せだね。しかも今、そのサツキくんが側にいる。観察力、洞察力に長けたサツキくんと試合を見られるこの状況は、ボクをさらなる高みに誘うことだろう。その上、ボクが今まで見た中で屈指の腕を持つ剣士のミナトくんもここにいる。やあミナトくん、キミはどの試合が気になっているんだい?」

「どうもブリュノさん。やっぱりヒヨクくんとツキヒくんです」

「フフ。なるほど。だと思ったよ」


 あとはわかりません、とミナトは言ってブリュノも「それも然りか」とうなずいている。


「ミナト、ガンドルフォさんを覚えているか?」


 サツキに聞かれて、ミナトは「んー」と三秒ほど考える。


「いたね。ロメオさんと戦った人か」

「うむ。彼も、ロメオさんとの戦いまで、ロケットパンチを温存していた。とっておきを隠すのは勝つための常套手段だ。ここぞという試合まで温存することもあるだろう。が、少なくともここまでの選手たちは魔法も使い切って全力で戦っていたと思うぞ」


 と、サツキも言った。

 なるほど、とミナトも笑った。

 コロッセオに参戦してからこの数日、ミナトは《瞬間移動》の魔法を極力使わないようにしていた。見せびらかして手の内を見せたくないからだ。そのため、ミナトの《瞬間移動》については、まだほとんどの人に気づかれてもいないだろう。また、ミナトは《すり抜け》の魔法で人間以外の物質をすり抜けられるのだが、これもまだコロッセオで使ったことはない。もっといえば、サツキにさえ見せたことがない。とっておきは隠しておくものだからだ。

 ブリュノは爽やかに前髪を弾く。


「実力を出せないことと温存することはまるで違う。実力を出せずに敗北していった選手たちもいたね。だが、それこそが彼らの今の実力ともいえる。言葉の妙というやつかな、不思議だ」

「僕らも普段の力を出せずに負けたばかりですし、身にしみますねえ」

「ダブルバトルで本来の力を発揮する実力がないと、あの二人には勝てない。この大会中も修業だと思っていくぞ。ミナト」

「だね」


 サツキとミナトの会話に、また周囲で観戦している選手たちのにらむような視線が突き刺さる。


「修業だと?」

「舐めたこと言いやがって」

「生意気な」

「あのルーキーども……当たったらぶっ潰してやる」

「どうせ一回戦であのカルロスたちに負けるだろうがな。くじ運のねえやつらだ」


 そうした声が、耳のよいヒナにはすべてまるっと聞こえてくる。慌ててサツキとミナトに注意する。


「なにサツキまで煽ってんのよ!? みんな見てるって言ってんでしょうが!」


 サツキはそんなヒナの言葉など聞いておらず、堂々とミナトに告げる。


「改めて言うぞ、ミナト。俺は、未来のために今ここにいる」


 クコとリラの国、アルブレア王国を取り戻すのだ。それには力が必要だと考えているし、そのための修業でもある。


「うん、そのために強くなるんだろ」

「そういうことだ。この大会、一秒も無駄にするつもりはない」

「良い心がけだね。だからどんな試合もよく観察していたのか。頭が下がるなァ」

「大会中、戦うことがない相手でも試合を見るのは勉強になるからな」


 リラがクコに聞いた。


「シードのバディーは今日戦わないんですよね?」

「はい。逆に言えば、勝ち進めた場合、サツキ様とミナトさんがシードのバディーと試合するのは明日からになりますね」

「今日、三回試合するんだよね?」


 ナズナも聞いて、クコが答えた。


「はい。そうだと思いますよ。明日のほうが随分と試合が少ないですよね」

「各組の最初の試合は、早く終わることが多いみたい」


 とシンジが言った。


「実力差があるほど試合は早く終わります。でも、コロッセオでは実力者同士の試合は長いものなのですか?」

「魔法の関係で長引くこともあるんだ。みんながみんなそうじゃないけどさ。あとは、ベスト16くらいからは司会のクロノさんが張り切って選手紹介するからそっちが長引くんだよね。試合後には勝利者インタビューもあるしさ」


 苦笑するシンジに、クコも「まあ、そうなんですね」と小さく笑った。

 確かに試合はテンポよく展開されている。

 Aブロックの試合も残り少なくなってきた。


「これはお昼前には出番がありそうだね、サツキ」

「十一時くらいには呼ばれるかもな」


 サツキの予想通り、十一時を回った頃、サツキとミナトの元にスタッフのお姉さんがやってきて告げた。


「サツキさん、ミナトさん。試合が近づいています。準備をお願いします」


「はい」とサツキが答えて、ミナトがみんなに言う。


「それじゃあいってきます」


 士衛組の面々が最初に、


「おう! 勝ってこいよ、サツキ、ミナト」

「頑張ってくださいね! サツキ様、ミナトさん」

「あたしたちがわざわざ応援に来てるんだから、初戦で負けたら許さないわよ」

「台風の目になってきなさい」


 と、バンジョー、クコ、ヒナ、ルカの順で言って、続いてシンジがサツキの肩を叩く。

「大丈夫、対戦相手のカルロス選手とデイル選手は強敵に違いないけど、昨日の実力が出せれば二人ならきっと勝てるよ」

「緊張してない?」


 アシュリーが聞いてくるが、サツキは微笑で答える。


「平気です」

「落ち着いて、だよ」


 はい、とサツキはうなずく。

 最後に参番隊がリラ、ナズナ、チナミの順でエールを送ってくれた。


「いってらっしゃいませ、サツキ様。ミナトさん。リラたちがついていますよ」

「わ、わたし、がんばって、応援します」

「期待してます」


 うむ、とサツキはあごを引いて、「いってきます」と背を向けた。

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