29 『ニューディメンション』

 サツキはミナトと修業すべく、城館を出て庭にやってきた。

 まだミナトが来ていないので、サツキは空手の修業を始めた。

 基礎の突きと蹴りを試したあと、型をやる。


 ――突きも蹴りも、鋭くなったとは思う。でも、あまり成長した感じはしないな……。


 ふと、気配を感じて、サツキは動きを止めた。


「美しい型ですね」


 そこで後ろから声をかけられ、振り返った。


「すみません。邪魔してしまいましたか」


 いたのは、ロメオだった。


「ロメオさん。いいえ、強くなったか試していたところです。でも、あまりよくわからなくて」

「なるほど。では、ワタシがお相手しましょうか」

「いいんですか?」


 ガンダス共和国のラナージャで、サツキはロメオの強さをその目で見ている。地面に拳を打ち込んだときのインパクトも大きかったし、動きもよかった。


 ――ロメオさんはおそらく我流だ。空手とかとは違うが、拳を使うバトルスタイル。練習になるはず。


 ロメオはグローブに手をやって、


「もちろんです。我流ですが、修羅場は何度もくぐってきましたから、練習相手にはなれると思いますよ」

「お願いします!」

「こちらこそ。よろしくお願いします」


 紳士的で落ち着いた雰囲気のロメオだが、向かい合うと……。


 ――威圧感がすごい。我流とはいえ、構えに隙がない。ただ、空手には近そうだ。つまり、俺の修業になってくれる人。


 構えたまま、ロメオは言った。


「どうぞ」

「いきます!」


 サツキが踏み込み、突きを繰り出す。それを軽く避けられてしまうが、サツキは続けて蹴りも叩き込む。

 しかし軽やかに流されてしまう。


「まずは、潜在能力が解放されたか、実感したいのでしょう? ならばどんどん打ち込んできてください」

「はい!」


 受け切るヒマもないくらいに連撃を浴びせようと思い、サツキは猛攻撃を仕掛ける。


 ――重い!


 ロメオがグローブでサツキの拳を受け止めた。サツキの拳はロメオの大きい手に握られるような形になる。

 完全に、ロメオに受け止められた。しかし、拳がズシンと重く、ロメオのグローブに響く感触があったのである。


「いい突きです。サツキさん、この突きならば、魔法を使わずともコンクリートを軽々砕けます」

「なんだか、やっと実感できた気がします」


 だが、それでもわかってしまうことがある。

 それは、ロメオが強すぎるということである。

 あと何年修業すればいいのだろうか。剣の道における、ミナトとの距離のようなものを感じる。

 サツキは力を抜き、ロメオも手を離して、二人は戦うのをやめた。


「おそらく、サツキさんの潜在能力の階段は段数も多いし一段ごとの高さも高い。それを超えてきたのも、かなりの努力があったことでしょう。ただ、のぼるべき階段もまだ多い。よろしければ、またいつでもお相手しますよ」

「ありがとうございます。助かります。俺は基本的に、先生としか空手などの拳の実践的修業はできなかったので」


 しばしばミナトとは、サツキが空手を教える形で修業することもあったが、あくまで剣がメインになる。


「どうやらミナトさんも来られたようですね。では、またのちほど」

「はい。お疲れ様でした」


 ロメオと入れ違いに、ミナトがやってくる。

 ミナトはロメオとすれ違う際にも笑顔で、


「強いですね。ロメオさん、剣はやらないのですか?」

「ええ。ワタシは拳一辺倒ですから」

「残念だなァ」


 と言葉を交わしていた。

 サツキは、ミナトが目の前にやってくると、問いかけた。


「ミナト。強くなった実感は?」

「結構あるんだよねえ」


 すっ、とミナトが竹刀を構える。

どうぼうざくら》でサツキも竹刀を取り出し、構えた。


「いくぞ!」


 さっそく打ち合って、ミナトは魔法も使った。

 すなわち、《瞬間移動》である。

 神龍島でサツキに魔法を披露して以来、たまにではあるがミナトはこの魔法を使用するようになった。

 それでも、サツキの《緋色ノ魔眼》がミナトを捉えることもある。

 ミナトの《瞬間移動》が視認できるわけではないのだが、かすかな魔力の移動の痕跡のようなが見える。魔力の帚星とでも言おうか。ミナトの《瞬間移動》は直線運動しかできないとサツキは突き止めたので、その糸引く形跡から動きを読むのである。

 だが、サツキの反応が遅れた。

 痕跡がほぼ見えない。

 魔力の粒子がチラッと流れるだけで、よほど目を凝らさないと見逃してしまう。そんな感覚と表現できるかもしれない。


「やったね」

「甘い」


 サツキの剣は追いつかない。

 それをカバーするのが、体術だった。

 剣を握るミナトの拳に、サツキの腕が抑えるように入り、剣を振り落とさせない。


「まいったなァ。いったと思ったのに」

「俺も能力が磨かれていたようなんだ」


 ミナトはフッと微笑むと、《瞬間移動》で後ろに下がった。


「せっかく新しい次元に魔法が進化したと思ったのに、追いつかれるとはねえ」

「ふふ。俺も進化してただけだ。ミナトの魔法は本当に進化してるぞ」

「得意そうな顔しちゃって」


 とミナトがおかしそうに笑った。


 ――強くなったのが僕だけじゃなくてよかった。うれしいよ。


 内心では、ミナトほどサツキの成長を喜んでいる者はない。

 サツキはミナトのそんな心の内など関係なく、気づいたことを述べてゆく。


「今まではかすかに見えていた魔力の帚星が、ほとんど見えなくなってる」

「でも、見えてるんだろう?」

「まあな。だが、ミナトが方向転換する場合のその地点まで目で追うのは難しくなってるし、方向転換を二度もすれば振り切れると思うんだ」

「なるほどねえ」

「あとは、俺みたいに見える相手じゃなく、魔力を感知できる相手……」

「感知、探知を得意とするタイプか」

「たとえば、自身の半径二メートル以内は感覚でわかる、とかって相手がいたとするだろ?」

「うん」

「そんな相手だろうと、反応までに時間がかかるようになったと考えていい」

「なぜ?」

「おそらく、二つのパターンのうちどちらか、あるいはその両方の性質で《瞬間移動》が強化されたからだ。一つ目、魔力の隠密性みたいのが上がったから見えなくなった。二つ目、速くなったから目で追うのが厳しくなった。両方であることが望ましいが、どっちであろうとこの効果は大きいぞ」

「そっか! これは能力を磨くのが楽しみだなァ」

「だったらさっそくまたやるか」

「やろう。相棒」


 ミナトが嬉々と竹刀を握り、サツキと向き合った。

 これを遠く部屋の窓から見下ろしていた玄内は、離れていても魔法によって二人の会話も聞き取っていた。


「サツキの分析……八割は正解」


 ――おまえの目で追うのが厳しくなったのは、隠密性より速さのせいだ。格段に速くなった。隠密性は、実はそう大きく変わらない。だが、この魔法に隠密性って仕掛けがあることを見破っただけで、褒めてやれるレベルだな。ただし、カラクリは単純。一瞬で距離を移動するっていうエキセントリックなことをするため、距離に合わせた魔力の使用量の調整と伝達が難しく、それだけコントロール力による魔力のロスが出てくる魔法とも言えるわけだ。ロスを減らせば、表面的に感知できる魔力の動きが少なくなって、それに伴い隠密性も上がるって寸法なんだが。これは後々、おれが鍛えてやってもいい部分かもな。


 二人がまた竹刀で打ち合うのを見て、玄内は窓際から離れる。


 ――それにしても……ますますいいコンビになってる。おまえらは、競い合うより、力を合わせることでもっと高め合える関係らしい。


 技と力でやってきたミナトに足りない分析力をサツキの頭脳がカバーし、慎重で思考することの多いサツキに欠けた行動力をミナトが与える。そうやって、互いの欠点も補完し合えている。


 ――コンビ・バディとしての相性と可能性、そのあり方。それに気づかなかったってのも、指導者としておれがまだまだってことだな。


 そんなことを思って苦笑したとき、ドアがノックされた。

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