30 『インフィニティースペア』

 トントン、トントン、と。

 玄内の部屋のドアがノックされる。

 ドアの向こうから声が発せられる前から、玄内にはそれがだれなのかわかった。

 この身体になってからというもの、魔法を使わずとも、気配を探るようなことができるようになっていた。魔法による呪いでカメの姿に変えられたから、魔法に敏感になったものと玄内はみている。

 そのせいで、微量であろうと周囲の魔力を感知して、それがだれのものかわかるのだ。

 自分から十メートルくらいであれば精密にわかるし、無意識に把握できるのが三十メートル以内、意識すれば百メートルほどでも気配がわかる。ただし、三十メートル以上では遠ざかるほど精度が下がり、その魔力がだれのものかジャッジが難しくなる。だが、よく知った相手なら五百メートルほどでもわかる。

 今回のノックは、玄内もよくは知らない相手だった。


「ロメオです」

「おう。入れ」


 失礼します、と慇懃に断ってロメオが部屋に入った。


「なんだ?」

「先程、サツキさんとお手合わせしました。そのときに思ったのですが、彼はかなりの力を持っています。それは、まだ内に秘めている力――潜在能力についてもそうです」

「ふむ」

「現状でも相当の力をつけています。彼がワタシと同じグローブを使えば、拳で砕ける物も増えて肉体へのダメージも減る。ただ、それ以上をできると思うんです」

「というと」

「玄内さん。あなたは魔法を没収するとき、バックアップを取っているはずです」

「気づいてたか」


 いたずら好きな悪ガキのように笑う玄内に、ロメオは柔らかく微笑した。


「あなたほどの方ならば、当然そうすると思っただけですよ」

「レオーネは気づいてるか?」

「どうでしょう。敵との駆け引きには注意深く鋭いのですが、一度仲間と思った相手には警戒心などないですから」

「そこがいいところだ。まあ、普段はおまえさんがその辺をカバーしてるんだろうけどな」


 ロメオは苦笑して、


「元々レオーネのそんな気質は、ワタシが一歩引いて冷静に見ることで支えているつもりでした。しかし、昨年のとある事件で、組織の名前などの肩書きや友人であることへの情から、ワタシは真実に気づけませんでした。それに比べて、レオーネはすべての条件を公平に見て、真実にも辿り着いた。いざというときには、クリアな視点を持てる。ワタシにできるのは、レオーネを守ることだけです。むろん、士衛組のみなさんは信頼できると思っているので、心配もしていませんが」


 へっと玄内は笑う。


「いざってときになる前に、おまえが予防線を張ってやれてる。それがあるから、あいつは自由に動き、自由に考えられる。平常時のおまえがあいつを支える基盤になってるってことだな。少なくとも、おれはそう思うぜ」


 まだ会ったばかりの相手にそう言われて、ロメオはつい柔らかく微笑んでしまった。この『万能の天才』と評される人物に太鼓判を押されることは、名誉に思えるし、今のままでいいと言われると行動に迷いもなくなるというものだった。


「そう言っていただけて、恐縮です」

「サツキとミナトも、おまえらを見習うといいかもな」

「彼らには彼らの良さがあります。これからどんどん、彼らはもっと絆を深めるでしょう」

「だといいんだが。で、レオーネの魔法の話だったな」

「そうでした。すみません、脱線してしまって」

「いや。おかげで、レオーネの使える魔法はすべてコピーさせてもらった。この恩恵は計り知れない。おれは没収するスタイルだから、相当強力な魔法の使い手は、たとえ協力関係にあっても、その魔法のコピーさえもらってないことが多いんだ。礼はあとでさせてもらうさ」

「いいえ。ワタシとレオーネとルーチェの強化をしていただけただけでも充分です」

「まあ、そう言うな。またなにかできることがあればしてやるさ」


 なんせ、と玄内は思う。


 ――レオーネのおかげで、おれは今後、見て原理を知るだけでもあらゆる魔法が使えるようになったんだからよ。


 ロメオはゾッとした。玄内の思考が読めたわけでもないのに、なぜか、不意に恐怖が背中を走った。感覚的に、玄内がさらになにかしてやると言ってくれた厚意の意味を、なんとなく察したのかもしれない。つまり、レオーネとロメオとルーチェの強化幅に比べて、玄内の得たものがあまりにも大きいことを悟ったのだ。しかし、バックアップとしてレオーネの持つあまたの魔法を手に入れた以上に、なにがあるのか、そこまでは今のロメオにもわからなかった。


 ――玄内さんは、これほどの方にとって、よほど有用な魔法を手に入れたのだろうか。いったいどんな……。


 そのよほど有用な魔法が、まさかレオーネの《盗賊遊戯シーフデュエリスト》であろうとは、いつもレオーネの側にいるロメオだからこそわからないことでもあった。

 そもそも、レオーネの魔法、《盗賊遊戯シーフデュエリスト》の真髄を、玄内ほど理解できる人間もいない。

 実際に、玄内はレオーネが持つあらゆる魔法群よりも、《盗賊遊戯シーフデュエリスト》をおもしろがった。

盗賊遊戯シーフデュエリスト》は、原理を盗むことで、その魔法をカード化して使用可能とする。魔法学習ともいうべき術だ。この他者の魔法を盗む行為も、魔法の階層としては《盗賊遊戯シーフデュエリスト》の中の効果になるため、本来であれば、カード化までしないと盗んだ魔法を使えない。が、玄内の《魔法管理者マジックキーパー》は管理者として手を加えて情報を整理できる。階層の整理もお手の物、それによって、玄内の魔法習得の技術は大幅に向上した。元々、見て聞いただけで《りょく》も覚えた玄内である、『ほうがくたい』と呼ばれるその魔法の才のおかげでもあった。


「それより、サツキのグローブの話だったな」

「はい」

「だいたいおまえが言うことは想像できた。つまり、おまえの魔法|打ち消す拳《キラーバレット》を転用して、サツキのグローブを作ってやれってことか」


 さすがに察しがよい。


「ええ。玄内さんは、魔法道具を作ることもできると聞きます。ですから、ワタシの魔法を転用して、魔法効果を打ち消すグローブを作っていただければ、サツキさんをどんな敵とも戦えるようにできると思うんです」

「そうだな。おまえの許可が下りたってんなら、作ってみるか。すぐにできるかわからないが」

「ワタシのグローブがこちらです。これに魔法効果を付与する形のほうが作りやすいのであれば、どうぞこれを使ってください」

「わかった。完成したら、おまえからこれをサツキにくれてやれ」

「いいのですか?」


 おう、と玄内は答えた。


「にしても、おまえも随分とサツキを気に入ったものだな」


 これには、ロメオは照れたように言う。


「実は、サツキさんからは機械に関するおもしろい話をたくさん聞きまして。ワタシとレオーネは科学好きで、大の機械好きでもありますから、ワクワクする話を聞かせてくれたサツキさんには、なんでもしてあげたくなるんです。もっと簡潔に言えば、友人だから、でしょうか」

「おまえらはもう仲間も同然になった。特に、今城にいるやつらは特別だ。おれはともかく、サツキの力になってくれるとうれしい」

「はい。もちろんです。では、失礼します」


 ロメオが部屋を出て、玄内は自分の研究とサツキのグローブ作りを始めた。

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