6 『屋台の往来』

「ケイトさんというのは、どんなお方だろうか」


 移動中、ミナトが尋ねた。


「さあ。俺にもまだわからない」

「サツキは真面目だなァ。律儀なキミのことだから、あまり知らないのに語るのも失礼とか思ってるんだろう?」

「だって、そうじゃないか。知っていることが少ないのに、あの人はこういう人間だ、とは言いにくい。どんな人でも一面的ではないから、俺は、できることなら他者については抱いた印象さえ語りにくい。言葉を選ぶのにいろいろ考えてしまって、うまくしゃべれなくなる」

「僕はサツキのそんなところ、好きだけどね」

「私も、サツキのそんなところ好きよ」


 ルカもどさくさにまぎれて言うが、サツキは空を見上げて、


 ――ルカは俺の腹心だと思っているし、ミナトは案外あれで口が堅そうだし、言ってみようか。


 と考える。

 だが、やめた。


 ――いや。俺がケイトさんをまだ怪しんでいるのも、ケイトさんを知らないからだ。これから仲間になる人間を、むやみに疑うのもよくない。


 実は、それを言うために今回二人を同行させていいとも思っていたのだが、サツキはそっと胸の内にしまっておいた。




 一方――

 三人が船着場へ行っている間、ヒナとチナミとナズナは、買い出しの前に、手紙の預かり所まで足を運んでいた。

 クコに、ふじがわ博士はかせからの手紙を受け取る用事を頼まれたからである。

 手紙は届いていた。


「こちらが、『どら焼き』様からです」

「ありがとうございます」


 ヒナが代表して礼を述べ、きびすを返そうとすると、受付のお姉さんに呼び止められた。


「あの。『ゴジベリー』様に、もう一通ありますが……」

「もう一通ですか」

「?」


 ヒナとチナミが小首をかしげる。


「『ライラック』様からです」


 お姉さんから差し出された手紙を、ナズナが受け取る。


「ありが、とう……ござい……ます」


 手紙を回収して、三人は外に出た。


「で、だれなの? その『ライラック』って」

「わかりません……」

「『どら焼き』が博士だそうですが、『ライラック』は私も初耳です」

「そっか。まあ、気にしてもしょうがないわ。もらったもんは届ければいいのよ」


 悩むのはあとにして、三人は街に繰り出した。

せんきゃくばんらいこうわん』での買い物である。

 手紙受け取りの次は、バンジョーに頼まれた買い出しをしなければならない。


「よーし。今度は食材の買い出しだー」

「まずは、お野菜、だね」

「果物屋さんが近くにあります。あっちから行きましょう」


 チナミが指差し、三人はそちらへ向かって歩き出す。

 歩いていると、いろんな屋台があって三人は目移りしてしまう。


「晴和王国とは……いろいろ、違うね」

「うん。並んでいる物から雰囲気から、建物の感じからして全然違う」


 ナズナとチナミが話していると、ヒナがなにかを発見した。


「あ。ねえ、チナミちゃんナズナちゃん。ちょっとおもしろそうなのが売ってるよ」

「おもちゃ……?」


 と、ナズナが興味を示す。

 屋台に近づく。

 並んでいるのは、おもちゃのようでもあり、ガラクタのようでもあり、種類もいろいろある。

 客が一人だけいた。

 野生児のような腰巻きなど衣装は原始人かと思われるほど。名前はリュウシーといった。実はアルブレア王国騎士である。

 しかし、リュウシーはナズナにもヒナにも気づかない。


「おもしろかったよ。じゃあ」

「はい、まいど」


 リュウシーはチラッとナズナを見て、


「なんだっけ? んー。見覚えがあったような……わかんない」


 と行ってしまった。


 ――どうせクコ王女じゃないし、関係ないよね。アタシの目的はクコ王女だけ。他はどうでもいい。アタシはクコ王女に興味がある。どんな人間なのか、クコ王女を見極めたいんだよね。さーて、どこにいるかなー?


 そんなリュウシーをやや遠巻きに見ていたチナミが首をかしげる。


 ――なんか、普通じゃない。服装だけじゃなくて、なにかが……。あ! 右腕のアームカバーに、アルブレア王国騎士のマーク……。騎士だったんだ。でも、気づかれなかった。よかった……。ナズナとヒナさんには黙っておこう。今伝えても怖がらせるだけ。さっさと買い物を済ませて帰ればいい。


 あえてチナミは二人にアルブレア王国騎士のことを話さない決断をした。

 なぜ気づかれなかったのかわからない。急いでいるようには見えない。だから別の目的があるおかげとも思われない。しかし、ここで怪しい言動を取って気づかれるのがもっともまずいことはわかる。

 ナズナとヒナは店の商品を眺めていた。


「みんな、子供なのに見る目があるね」


 二人は、この店を商いしているらしい少年に声をかけられる。


 ――あんたも子供じゃないの……。


 そうは思ったが、ヒナも大人に混じって商売をしている子に言い返すつもりもない。ただ苦笑したくなっただけである。


「あんたも子供じゃないの、アリ」


 これを口に出したのは、二十代半ばくらいのガンダス人だった。彼女も店の人間らしく、少年・アリはおかしげに笑った。

 少し遅れてナズナの横に並んだチナミが、単刀直入に聞いた。


「なんのお店ですか?」

「おいらたちのお店は、いろんな商品を扱ってるんだ。発明品だってあるのさ。他にはない一点物もたーくさん。元は骨董品と香辛料を売ってたから、もちろん、普通の商品もあるよ」


 陽気そうな丸顔の少年・アリは、まだ十歳くらいだろうか。背が低めで、人懐っこい印象である。チナミよりは背が高く、ナズナよりも低い。一三八センチといったところ。頭にバンダナを巻き、首には宝石が下げられている。宝石はあまり高価そうでもなかった。


「で、これはアタシがつくったの。ナディラザード特製キーホルダー、おすすめよ」

「はあ」


 ヒナがよく見てみると、さっきサツキがアジタとサーミヤにもらっていたキーホルダーだった。


 ――ふーん。あいつら、ここでキーホルダー買ったのね。


 ナディラザードは二十代半ばで、背は高い。まず美人といってよく、スタイルもいい。インドのドレスであるサリー風の衣装とアラビアンナイトの世界のアラビア服を合わせたような衣服をまとっている。頭にはティアラとベールを合わせた形のヘッドドレスがあり、踊り子っぽい雰囲気もあるが、彼女も商人らしい。

 屋台の後ろには馬車があり、そこから青年が降りてきた。


「アリ。商品の補充は大丈夫か」

「うん。平気だよクリフ」


 クリフという青年は、二十歳くらい。やや肌の色が黒めの南アジア人といった感じのアリと異なり、クリフは金髪碧眼の白人だった。片目が隠れていてアンニュイでクールな印象である。

 すると、今度は店の脇から大柄な青年が出てきて、不意にナズナとぶつかってしまった。


「……ご、ごめ……ん、なさい」

「いやあ、悪い。謝るのはワタシのほうだ。お嬢さん、大丈夫かい?」

「は、はい」


 ナズナは相手を見上げる。こちらも肌の色はやや黒めの南アジア人の風貌で、一八〇センチ以上の大柄なせいだけでなく、威厳がある。年は三十歳くらい。頭にはターバンが巻かれ、腰にはサーベルがある。つまり、一見すると、アリとこの大柄の男性が根っからのガンダス人でクリフがハーフなのか他国から来た人間か、といった取り合わせである。


「気に入った物はあるかい?」

「え……あの……」


 返答に困る人見知りのナズナに代わり、チナミが答える。


「なんとなく見ていただけです」

「そうか。存分に見ていってくれ」

「買う気のなさそうな子供にも優しい。なんて器が大きいんだ。さすがはシャハルバードさんだよ」


 と、クリフが得意そうなうれしそうな顔でうなずく。


 ――この人、あのシャハルバードって人に心酔してるのね。


 呆れ顔でヒナが苦笑いし、この屋台の隣に目を移した。

 そちらには、晴和人がいた。

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