9 『砂漠の星あるいは宇宙』

 しんりゅうじままでの航海は丸一日かかる。

 その日の晩は、海老川博士えびかわはかせと玄内が交代しながら操舵手をこなして海上を走ることになった。玄内は亀の姿になってからというもの、寝ないでいようと思えば眠らずにいることもできるらしく、零時を回ったらあとは任せてくれと海老川博士に言っていた。それまでは二人でいろいろと話すようだ。

 サツキは眠る前に、しばらく会っていなかった仲間ひとりひとりと話をすることにした。

 まずはヒナ。

 ヒナは外で甲板に座って星を見ており、サツキはヒナの横に腰を下ろした。


「よく見えるか?」

「サツキ」


 隣に座ったのがサツキだとわかると、ヒナは笑顔でうなずく。


「見えるよ」

「そうか」


 二人そろって夜空を見上げる。

 海上から見える星空は、光がこぼれるほど輝いていた。


「ねえ、サツキ」

「なんだ?」

「メイルパルト王国から見える星空はどうだった? 砂漠って、やっぱり星がよく見えるの?」


 メイルパルト王国にある砂漠は、現代でいえばエジプトなどのアフリカ大陸の北部を占めるサハラ砂漠である。


「そうだな」


 と、サツキはメイルパルト王国で見た星空について話した。


「宇宙空間を連想するほどの星がひしめいていたよ」

「へえ」

「宝石が空からこぼれるように星が降る、だれも知らない静かな星空といったところだろうか」


 ヒナは小さく笑って、


「似合わないこと言うんだね」

「そうか? ヒナ、こういうの好きかと思ったんだが」

「好きなわけないよ」


 そう言いながら、心ではおかしかった。


 ――うん。本当は好きかも。もしかしたら、それを言ったのがサツキだからいいのかな。


 まじめな顔でサツキは砂漠の星の話をする。


「普段は見えない星があって、それがなにか気になって……」


 ヒナはサツキの話を熱心に目を輝かせて聞いていた。

 何分か話をしたあと、ヒナは気になって、宇宙についてひとつ質問した。


「サツキのいたその時代……ていうか、世界ではさ、月から撮影した写真もたくさんあるんでしょ?」

「うむ」

「地球ってどんな色?」

「青い」

「海?」

「だな。雲が覆っているところもあるから、白い部分も多い」

「世界の大部分が海だって、お父さんも言ってた」

「ヒナのお父さんは博識だな」

「当然でしょ! 最高の天文学者だもん」


 と、ヒナはいつものように得意げに胸をそらした。

 そのあとも、互いがいなかったときの話をし、星の話をし、ヒナは徐々に目をしぱしぱさせて眠そうな顔になってきた。


「もう寝るか?」

「うん……そうする。じゃあおやすみー」

「ああ。おやすみ」


 と、ここで、サツキはもう一声かけておく。


「それと、海老川博士に話をつけておいてくれて、ありがとな。ヒナのことだから、気を利かせて間に入ってくれたんだろ?」


 つ、と足を止めて、ヒナは髪を指先でいじりながら、


「べ、別に、あたしも海老川博士とは仲が良かったしさ。感謝されるほどじゃないけど」


 それからサツキを振り返って、笑顔で言った。


「ま、働いたのはお互い様でしょっ! サツキもお疲れさまっ、じゃあねっ」


 ヒナはたたたっと駆けてゆく。

 廊下を走りながらヒナは頬をほんのり朱色に染めて笑みをかみしめる。見てないはずなのに、ヒナが気を回して頑張っていたことを、なぜかあの少年は知ってくれていた。それがヒナにはうれしかった。


 ――無表情で無愛想なくせに、妙によく気づくところがあるのよね。サツキには。


「あたし、ちょっとにやけてなかったかな?」


 ほっぺたを両手で押さえ、ヒナはぽつりとつぶやいた。

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