10 『数独あるいは将棋』

 このあと、サツキは廊下でチナミと出くわし、馬車の中にあるチナミの部屋でふたりで将棋を指しつつ話を聞いていた。


「サ、サツキさん」

「ん?」

「これ、どうぞ」


 遠慮がちに、しかし機会をうかがってあたためておいたように、チナミは四枚の数独パズルを差し出した。いつも互いに作って解き合っていたが、会えない間は作ったものを渡せなかった。その期間に作っておいた、チナミ会心の作である。

 将棋盤を挟んでサツキは受け取った。


「これは……燃えるな」


 クールなサツキの顔に、小さな笑みが浮かぶ。チナミは、サツキの表情と言葉に満足して、サツキの笑みが伝染しそうになる。その笑みの種類はサツキのそれとは違うものだが、チナミはつとめて相好を崩さず、


「時間があるとき、ぜひやってください」

「ああ。俺は悪いが一つだけだ」


 と、サツキが一枚をチナミに出す。


 ――忙しいこと知ってるから、当てになんてしてなかったのに。


 意外なプレゼントにチナミはうれしくなる。

 サツキらしいよくできたおもしろそうな数独パズルだが、


 ――ここ、消し跡が……。ちょっと抜けたところもあるんですよね。


 とチナミはくすりと笑う。

 怜悧な鋭さを持っているようでいて、たまに抜けたところもある。そこが、チナミにとっては親しみやすくて好きなところだった。なんとなく放っておけないというか、フォローしてやりたくなるのである。


 ――これは、ヒントだと思っておきましょう。


 サツキも忙しかったはずなのに数独パズルをつくってくれたことに、チナミは感謝する。


「やるの、楽しみです。ありがとうございます」

「ああ。チナミも、ヒマなときにやってくれ」

「はい」


 チナミは将棋の駒を動かした。サツキの反応をうかがう。少し考えてサツキが手を動かし、そのあと何手か進み、終局図が見えてきた。おそらくサツキにも見えただろうと思い、チナミはサツキをちらと見上げる。表情からサツキの思考も止まったとわかった。おもむろに席を立ち、サツキのあぐらの上にちょこんと座ってみた。


「詰め将棋でもやりませんか」

「いいかもしれないな」


 もう結果は変わらないとみて、この勝負は終わりにする。チナミが本を広げて駒を並べ始めた。ここからのサツキは、基本的にチナミとしゃべりながら後ろから見てどう指すのか考えればよい。


 ――私、さっきから独占欲ばっかりだ。離れていたときは、心配してただけで、また会ったら作った数独パズル渡して、ゆっくり休んでもらおうと思ってたのに。


 会うまでの自分と会ったあとの自分が別人のようで、チナミは不思議だった。

 出題された問題を考えつつも、サツキはメイルパルト王国での戦いを思い出しながら話してくれる。


「普段、こうやって将棋を指したり詰め将棋を解いたりするだろう?」

「はい」

「そのおかげか、メイルパルト王国で追っ手の騎士たちと戦ったときには、戦術を組み立てるのに役立ったよ。前に教わった受け将棋をヒントに――」


 と、サツキは戦闘内容についてしゃべった。

 チナミは小さな頭をうんうんと縦に振って話を聞いた。実際に聞いてみると、サツキの想像力によって生まれた戦術であり、自分との将棋が役立ったとは思えないほどだが、サツキのインスピレーションに一役買っていたのならそれで充分だった。

 後ろで束ねた髪がサツキの首元をくすぐったかと思うと、ぽふっとサツキの背中に頭を預ける。そして振り返るようにサツキを見上げた。


「どうやらこれは、もっといっしょに将棋を指すのがよさそうです。詰め将棋もよい刺激になります」


 また、チナミは自分でもわからない。


 ――いっしょにいると、もっと独占したくなる。サツキさんを気遣える私でありたいのに、不思議……。


 謎めく矛盾である。

 それに対して、サツキはくすっと笑ってくれた。


「みたいだな」

「はい」


 サツキはチナミに感心している。チナミはすべてに淡々としているようでいて、つい人助けをしてしまうような人のよさと熱心さがある。士衛組の中ではだれよりも身体が小さいのに、とてもパワフルに見えて、それがサツキにはおかしかった。

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