10 『能力の地形』
ミナトがいなくなったのを確認し、ルカはサツキに腕を絡めてくっつく。
「いきなり、どうした……?」
「安全のため。私がいるから平気よ。今夜はゆっくりしていきましょう」
「宿までは歩いて十五分ほどだ。あの騎士たちの後ろを隠れながら行けば、見つからないんじゃないだろうか」
「いいえ。念には念を。この近くの別の宿を取るのもありだと思うのだけれど、どうかしら」
「宿代がもったいないだろう?」
「いいのよ。一部屋だけなら安いものだし、私が出すわ」
「しかしな……」
サツキは冷静にルカの提案を検討するが、もったいない精神が強いサツキはやはり宿に戻ることを選んだ。いずれにせよ、明日もここでケイトを待たねばならないのである。町中を歩くのは避けられない。
「戻ろう」
じっとりした目でルカに見つめられる。
「私、サツキの安全を考慮して言ったのだけれど、それでも戻るのね」
「そのほうがいいだろう」
まじめな顔で答えるサツキを見て、ルカは胸の中で小さくため息をつく。
――あなたをひとり占めしたいの。わかってよ。
そう思いながらも、ルカはサツキにくっついたまま、サツキの頭に自分の頭をもたれるようにする。
――まあ、
ルカは参謀として、常に危険な道をつぶしサツキに危害が及ばないよう、注意して思考している。今回も少し危ない橋だった。
サツキには言っていないが、
――いいとは言ったものの、どこかで情報が漏れていたら、この街を探してサツキを狙ってもおかしくない。
というのが見立てとしてあり、
――私たちと同じ日に来ている時点で、かなり怪しいわね。浦浜でも、私は初見の相手に顔を知られていて、戦いを挑まれた。ブロッキニオ大臣の威に従う者だけとはいえ、国の機関が動くだけある。情報収集能力は高い。どんな些細な懸念も、私だけは……。
ルカには、警戒を強める根拠が充分にあった。
「わかったわ。もしものときは、私があなたを守ってあげる。騎士たちが一斉に来ても、今のサツキなら私と二人でいい戦いができるくらいになってるはずよ」
「悪いな」
「いいのよ」
十人の騎士たちが船を降りラナージャの街へ溶け込んでから、約二十分。
サツキとルカも動き出すことにした。
暗い路地裏の一角で。
ナサニエルは、目を上げた。
「来たか」
「お待たせしました」
現れたのは、エヴォルドたちアルブレア王国騎士の仲間だった。彼らはこの日ガンダス共和国に到着した面々である。
「挨拶はもう充分だ。あとは個人で探し回って始末してくればいい。以上」
「ゴーチェ騎士団長はどうなったんですか?」
騎士の一人が尋ねた。
しかしナサニエルはチラと見ると、視線を外して答える。
「船着場を見張ってたやつの報告では、斬られたらしい。だからやめとけって言ったんだが、ああいうやつは自らの知恵に溺れるもんだ。忘れろ。そして、ここからはラナージャにいる限り、おれに従えばいい」
「そう、ですか」
エヴォルドは一瞥するだけもうこの場を去ろうとしていたが、ジャストンが苛立ち混じりにつかつかとナサニエルの前に進み出る。
「ジャストン、落ち着きなさい」
「黙ってらんねえよ、エヴォルドさん。止めないでくれ」
そして、ジャストンはナサニエルの目の前まで来て、
「てめえ、偉そうじゃねえかよ。オレはてめえの名前すら知らねえぜ? いっちょ前に命令すんじゃねえ!」
身体を硬化させ、拳を振り抜く。
《
今のジャストンは鋼の固さがあった。
が。
ナサニエルは立ち上がり、ジャストンの拳を右手で払って後ろに回り込んだ。
勢いがついたまま前のめりに転びそうになったジャストンが振り返ると、ナサニエルは手に砂を握っており、その砂をさらさらと地面に落としていた。
「なんだよそりゃあ!? 一度よけたくらいで――」
「その程度かッ!?」
また殴りかかったジャストンの拳は、振りかぶっている最中だった。振り落とされるまでの間に、ナサニエルの拳がジャストンの頬を殴り飛ばしていた。
ジャストンは吹っ飛ばされる。
「ぐおおおお!」
「あのジャストンが!?」
「嘘だろ……」
仲間の騎士たちがざわつく。
エヴォルドはこの秘密もわかっていたから、呆れたように、しかし労るようにジャストンを起こす。
「だから言ったんです。ナサニエルさんは魔法によって他者の能力を崩し去ることができる。それをされたら、実力者でも容易に勝つことはできません」
「……そんなのアリかよ」
ぼやくようなジャストンに、ナサニエル本人が説明する。
「アリなんだよ。それがおれの実力なんだからな。おれの魔法《
ナサニエルは語る。
「人間の能力は地形と同じだ。才能ってのはでこぼこの地面のようなものでな、この能力の地形に努力という砂を積み重ねていくことで能力が磨かれる。つまり、努力ってのは砂を積み上げて山を作ることだと思えばいい」
「……山?」
「そうだ。各個人が元々持っているでこぼこの地面が才能であり、最初から他より少し高い場所に努力の砂をこぼしていけば高い山は作りやすい。適性ってやつだな。しかしこの努力ってのがくせ者で、目ではわかりにくい。積み上げてもさらさらとこぼれて簡単には積み上がらない。それでも、わかりにくくても、少しずつ、少しずつ、着実に重なる。あまつさえ、伸ばそうと思っていた能力以外も、隣合った能力もおこぼれの砂が山を作ることもある。近い分野が伸びやすかったり、そういうやつだ。筋肉馬鹿のおまえでもわかったよな? すなわち、おれは他人が積み上げてきたこの砂を崩すことができるってわけだ。さらに、別の場所に砂を移動させることもできる」
「それが崩すってことか」
悔しそうにつぶやくジャストンに、エヴォルドが解説を加えた。
「一応、万能ではありません。他者の操作には発動させるための条件もある。操作できるものにも制限はある。それでも強力なことに変わりはない」
「当然だが、おれは自分自身の能力も操作可能。これによって、おれは自らの剣の実力を高めている。どんな人間も登頂できないほどの高みへ、最高峰の山脈を積み上げていっている。毎日、着実に」
そう宣言したナサニエルを、ジャストンは歯噛みしてにらむ。
しかし、ナサニエルはジャストンの視線を気にした様子もなく、静かに言った。
「ただ、おれは仲間の騎士を蹴落とす人間じゃない。目的の城那皐たち士衛組を始末するため、おまえには力をやろう。一時間だけだ」
「一時間? 本気かよ」
「ああ」
ナサニエルは自信満々に砂をこぼしてゆく。
地面の山が高くなってゆく。
「さあ、行ってこい! 力はついたはずだ。あとのやつらはどうせダメだ、ハナから実力不足。適当にやってくればいい」
力自慢のジャストンを殴り飛ばすほどのナサニエルに反発しようとする者もなく、騎士たちは散って行った。
ジャストンは拳を握りしめ、口元に笑みを浮かべる。
「マジか、力が湧いてくるぜ」
「バスタークとやり合えるくらいのレベルにはなっただろう。健闘を祈る」
「おう。感謝するぜ」
これまでになく感じられる己の力に、ジャストンは上機嫌で歩き出した。エヴォルドはジャストンの横に並び、小声で言った。
「過信は禁物ですよ。今のジャストンは本当に強い。けれども、彼は詳しい説明をしなかった。どこの能力を振り分けられたかわからない。智恵などの必要なものが崩されてる可能性も忘れずいきなさい」
「わかってるぜ、エヴォルドさん」
エヴォルドは半身振り返り、また前を向く。
――あの人は、競争心が強い。バスターク騎士団長を敵視し、騎士同士味方のシチュエーションであろうと、最大の敵を味方だと考えるような気質だ。嫉妬心も強い。そんな彼がジャストンを城那皐に勝たせ手柄を与えるだろうか……。
そこまで考えると、ナサニエルの真理が見えてくる。
――おそらく、ナサニエルさんはジャストンが勝てるとは思ってない。もし勝てても、そのジャストンを潰す。そして手柄を自らのものとするだろう。ジャストンには、しっかりと注意喚起しておく必要がありそうですね。なぜでしょう、味方の騎士への警戒が必要なこの状況……なにか引っかかる。
ただ城那皐を倒したいジャストンはうれしそうに息巻いている。
「ブロッキニオ大臣が言ってたらしいな。クコ王女はブロッキニオ大臣を憎んでるって。なんでなのかブロッキニオ大臣もわからないらしい。だが、オレが叩きのめせばすべては終わり。城那皐も終わりだぜ」
ジャストンは高らかに笑う。
それに対して、エヴォルドは笑えなかった。
――思い直してみれば、ブロッキニオ大臣はそんなことを言ってたらしいんですよね。しかし、本当のところは、どうなのだろう。ブロッキニオ大臣の言葉など、私は直接聞いたこともないが、世界樹の根元で見た、クコ王女の必死な顔……そこに憎しみなどなかった気がする。さっき感じた引っかかりは、これだったのか……。
ずっと追いかけることに精一杯で、王女・クコについて考えることを忘れていた。
少しずつ、エヴォルドは様々な疑念を抱いてゆく。
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