75 『ストローク』

 士衛組壱番隊隊長、『神速の剣』いざなみなとは通りを歩いていた。


「だれもいない。だれとも出会わない。出会うのは敵ばかり」


 剣を抜くのと収めるのはほとんど同時で、その間に数度の剣が舞った。

 バタバタと数人が倒れる。

 彼らはマフィアだった。

 サヴェッリ・ファミリーの下っ端であろう。

 ミナトは彼らを背中に歩き続け、つぶやいた。


「こんな小さな世界でも会えないなんて、僕が思っていたよりここは広かったんだなァ」


 トン、と地面を蹴って、壁を蹴って、《瞬間移動》で屋根の上にのぼる。

 そこから見える世界を、ミナトは穏やかな微笑で眺める。


「あぁ、こうして見るとやっぱり広い」


 たった今も、ミナトの見える世界は一部が切り取られて別の空間に入れ替わった。


「いなせだねえ。まるで、えにしのごとくだ。人と人との縁が切れないように、世界が切り取られてつながってを繰り返しても、また結ばれる時もあるのだろうね」


 さらにまた、すぐ近くの景色が入れ替わった。


「一見した虚構も現実なんだって、こうして見ているとよくわかる。その奇怪さが現実味ってものなのだなァ」


 ミナトの眼下には、知っている顔も現れた。


「なぜそこにいるのか。それは僕も彼らもわかるまい。それでこその舞台なのだから」


 サヴェッリ・ファミリーが戦っている。

 その相手が、ミナトの記憶にある顔だった。


 ――確か、『ゴールデンバディーズ杯』に出場したベスト8。『森の召喚士』狗論目林羅歩クロンメリン・ラーフ選手と『シルバーアロー』辺入吹里譜ベイル・フィリップ選手。すごい使い手だったけど戦えなかったんだよねえ。


 エルフのラーフは、森に暮らす動物たちを守る資金を集めるために大会に出ていたテイマーだ。魔獣を召喚する魔法を持ち、ここでもラーフは召喚士として魔獣に戦わせていた。しかし、銃を持ったマフィア相手では、魔獣も選ぶらしい。重装甲な魔獣が二匹のみである。

 一方、フィリップは白銀のランスを持つ騎士で、白馬にまたがってランスを振るっている。銃を主体に戦うマフィアが相手では、接近戦を得意とするフィリップは戦いにくそうだった。


 ――『シルバーアロー』が飛び出して攻撃するのはトドメや決死の場面だ。でなければ、ランスがただの槍になってしまう。だから大技は我慢しなければならない。やりにくそうだなァ。


 ランスの笠状になった部分をヴァンプレイトといい、この部分がロケットのように飛び出し敵をどこまでも追跡して攻撃するのが『シルバーアロー』なのだ。

 彼ら二人にとって、このマフィアたちは戦いにくい相手といえるだろう。

 戦闘中だった彼らだが、まずラーフが先のとがった耳をピクリと動かし、気配に気づいてミナトを見上げた。

 それにつられて、サヴェッリ・ファミリーのマフィアの一人がミナトに気づく。


「な、なんだ!? おっ、おまえは! 士衛組か!」


 その声に、別のマフィアもミナトを見上げる。


「士衛組壱番隊隊長・いざなみなと! こんなところで出会えるとはな!」

「いやあ、どうも。できることならもう少し世界を笑っていたかったが、お呼びのようですね」


 不敵に微笑むミナトに見下ろされ、マフィアが叫んだ。


「ああ、そうだ! 降りてこい! おれたちの狙いはおまえたちだ! マノーラのためとか言って、善意を振り翳しておれたちに絡んできたこいつらコロッセオの魔法戦士なんかとは戦いたくもねえ! おまえが戦えよ!」


 銃口を向けられ、ミナトがにこりとした。


「な、なに笑って……」


 マフィアが言いかけたところで、ミナトが駆け出す。

 銃弾が上空を飛び交う。

 ミナトを狙った銃弾が何発も空を駆けるが、ミナトには一発も当たらない。

 あるいは剣が銃弾を弾き、あるいは宙をすり抜けてゆく。

 ほとんど音が出ることなく、無音と言えるほど静かな着地は、足跡だけをその場所に残し、一つ呼吸が終わる頃には、ミナトは数人を斬っていた。

 ラーフがその神速を見てつぶやく。


「これが、『ゴールデンバディーズ杯』優勝のいざなみなと……。神速以外に、言葉が見つからない……」

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