3 『刀×縁』

 刀の店。

 古木の看板には、『かめよし』とあった。

 店内の壁一面に、刀がかけられている。

 その中には西洋風の剣もあるが、大半が日本刀だった。


「クコの剣は両刃の剣だよな」

「はい。刀以外の剣は基本的に両刃です。サーベルも裏刃がついていることがほとんどです。裏刃の長さはものにもよります。性質上、こういった剣は刀よりも少し重たいのがネックですが、わたしでも威力が出せるんですよ」


 ――刀は切れ味重視、西洋の剣は丈夫さ重視ってよく言うもんな。


 サツキは前になにかの本でそう書かれているのを読んだ。丈夫さを重視するゆえ、西洋剣は刀よりも重いのかもしれない。また、西洋剣が似合う衣装のクコに対し、自分は結局日本刀がマッチするだろうと考えた。


「俺は刀にするよ」

「それがいいと思います」


 クコは即答で賛成した。


「よし、じゃあ決まりだな」

「はい。順番に見ていきましょう」


 二人は店内を歩く。

 大きな店ではないが数もあるし、適当な刀が手に入るだろう。刀にそれほど詳しいわけじゃないサツキには目利きもできない。それでも、どの刀にしても戦場を戦う相棒として力になってくれそうだった。

 店主の男性は五十歳は過ぎていようか。

 真剣な顔でなにかを書いている。

 よく見れば、それは原稿用紙であった。

 文章を書いていることから、彼は物書きでもあるのかもしれない。

 どう言葉を選べばよいかわからないが、サツキはこの店主が好ましい人柄に思えた。さっき会った底抜けに人のよさそうなアキとエミとは違う好ましさである。

 サツキは頑張っている人やひたむきな人を見るのが好きだった。自分も頑張ろうと思える。

 つい見入っていると、原稿用紙の文字の変化に気づいた。

 突然、書いた文章が消えるのである。

 書いたばかりの文章が消え、それをまた書き直している。

 魔法だろうか。

 さらに店主はもっと前の文章を指先でなぞり、その文字を消す。万年筆だから消えないはずなのに、指でなぞったり、念じただけで書いたばかりの文字を消すことができるのが、この店主の魔法だと予想した。

 サツキが店主を少し見ていると、クコが刀を見ながら言った。


「わたし、刀のお店に入ったことがなかったので知りませんでしたが、思ったより値が張るものが多いんですね」


 おそらく、クコはサツキのためなら店内のどの刀でも買うと言ってくれるだろう。

 だが、


 ――あまり高価な刀はよそう。


 と、サツキは思った。クコは気にしないだろうが、長旅になればお金が必要になる場面はいくらでも出てくる。最低限でいい。


「サツキ様。これもよさそうですよ。あ、こっちも」


 やはりクコは値段など気にせず、いろいろと楽しげに見ている。

 二人でぐるっと店内を見て回り、最後の一角に来る。

 安い刀が並ぶ区画である。

 サツキはその中から、一本の刀に触れた。


 ――これは……。


 なんだか特有の空気をまとっているように思えた。柄を握り、手に持った。刃を抜いてみる。


「斬れるな」


 そう直感した。

 この中では値段も手ごろである。が、なにより、この店にあるどの刀よりも、サツキの気を惹いた。重量感も悪くない。

 クコは興味深そうにその刀を見つめて、


「デザインはいいですね。柄を巻くのは鮮烈な赤。かっこいいです」

「うむ、きれいだ」


 値段の割に、刃文には繊細な美しさがある。


「しかし、サツキ様? もうちょっとよい刀でもいいんですよ? お値段を考えると、ほかに……」


 じっくりと刀身を見つめるサツキを見て、クコは口を押さえる。


 ――また、緋色の瞳……。サツキ様の魔法が反応した……? この刀、なにかあるんでしょうか。


 だが、すぐにサツキの目が元に戻る。


 ――サツキ様、無意識に魔法を……?


 クコがそばについて見守っていると、店主がやってきた。あれほど執筆に集中していたのに、いつのまに席を立ったのか。

 店主はやってくるなり、少しはにかむような声で聞いてきた。


「どこが気に入りましたか」

「なんとなく、です」


 サツキは、自分でもわからないから素直にそう答えた。


「ふっ」


 と、店主はおかしそうに笑った。


「どうしました?」


 クコが不思議そうに聞くと、店主は愉快げに、しかし照れたように言った。


「なんとなく、か。正直でよろしい。あれはガラクタですよ」

「ガラクタ? そうは見えません。刃もきれいですし、お値段以上の代物だと思いますよ」

「あなたも、さっきはもっとよい刀でもとか言っていたでしょう」


 冗談を言う調子で店主に言われて、クコは赤面した。


「いえ。あれは……」

「いいんですよ。その通りだ。高値がついてるいい刀は、みんな取り寄せたものや巡ってきたものです。いわゆる名刀。だが、そちらの子が持ってるそれは違う。私が打った刀です」


 カチン、と刃を閉まって、サツキは店主を見た。


「店主さんが打ったんですか?」

「ええ。昔、刀鍛治を目指してたことがありましてな。鍛治士・よしとみそうは結局有名にはなれなかった。古い友人には一時期の道楽だと言われましたが、その友人だけがその刀を褒めてくれました」

「よいご友人をお持ちだったのですね」


 クコが相槌を打つが、店主は微笑むだけで話を戻す。


「その刀……さくらまるが、私が最後に打った一本です。刀は、打った人間の名が入ることがよくあります。少しだけ仕上げを手伝ってくれたその友人の名字から一字もらいまして、私の名前からも一字取り、正式名称『さくらまるかめよし』。通称を桜丸といいます」


 店名『かめよし』も、そこから来ているのだろう。


「昔って、その刀が打たれたのはいつなんです?」


 クコが尋ねると、店主――よしとみそうはなつかしむ様子もなく語り出した。


「十五年程は前でしょうか。私はそれを打って、傑作ができたと思った。何度も《し》をして細かく打ち直すのがくせの私ですが、この刀はめずらしく打ち始めてすぐ、可能性を感じたものです。打ち終えてから何度も直しましたが、これで完成したと思ったら、その瞬間、刀鍛治に満足してしまった。で、やめたんです」


 ソウゴは五十歳を過ぎていよう。つまり、ソウゴ三十代半ばの作である。


「《し》って、魔法でしょうか」


 サツキが聞いた。


「ええ。一つ前の行動と結果を取り消せるものです。ずっと前の物に関しては、触れることで取り消せるものもあります。自分以外の人が多く絡んだ物など取り消せない場合もありますがね」

「だから、文字の上を指でなぞると消えたんですね」

「見てましたか」

「すみません」

「いいえ」


 しかし、これはかなり便利な魔法である。


 ――文章ならばソウゴさんみたいに使うと便利だし、絵だったら輪郭線を消して描き直したりとかもできる。刀を打つときの動作もこれで調整していたようだし、クリエーターは欲しい魔法かもしれない。


 他者が絡んだ物には効果が及ばないこともあっても、サツキも欲しい魔法の一つだった。

 ソウゴは言った。


「手直しもたくさんしました。それほどの刀だと思った。だから、最初はこれを高値で売ってましたが、まあ売れなくて。時の過ぎるのに合わせてどんどん安くしていったものの、それでも売れずに、今では店で一番の安物に成り果てました。やっぱりあのとき、刀鍛治をやめておいて正解だった。……おっと、ガラにもなく自分語りが過ぎてしまいましたな。そういうわけです、こんなガラクタはやめておきなさい」


 にっこりとなんの未練もなさそうに笑うソウゴに、サツキは真面目な顔で、刀を見つめて言った。


「これは名刀ですよ。たぶん、この店で一番斬れる。店主さん、すごい才能があったんじゃないですか?」


 サツキに視線を投げかけられ、ソウゴは背を向けて頭をポリポリかいた。


「どうでしょうかね。今となってはどうでもいい話です。認めてくれたその友人も、褒めてくれたのはその刀だけでしたから。いや、仕上げを手伝ってくれたその友人がすごかっただけでしょう」


 ソウゴは、「まあ、あの『万能の天才』が名刀と言うんだから、これだけは名刀に違いないと思いたいが……」とサツキとクコには聞こえない声でつぶやき、それから言った。


「こんなガラクタでも気に入ったのなら持って行ってください。これもひとつの天賦の縁、タダで差し上げます。はした金をもらうより、道楽であなたに託したほうがスッキリするというものです」

「そうですか。じゃあ遠慮なくいただきます。ありがとうございます」


 左の腰に刀を下げるサツキ。


「サツキ様っ」


 クコは慌てて止めようとしたが、ソウゴも気にしてないようだし、サツキはサツキで勝手にもらった気でいるので、介入は諦めてため息をついた。


「もう、サツキ様ったら」

「よし。刀も手に入ったし、行くぞ。クコ」

「はっ、はい」


 本当にいいのか気になってチラッと店主ソウゴを見るクコだったが、ソウゴ本人はもう興味もなくなったのか背を向けたまま店の奥に引っ込んだ。カウンターで執筆に戻っている。すでに集中しており、声をかけても聞こえないことだろう。

 クコはぺこりとお辞儀して店を出た。

 サツキは店を出るとき、執筆に集中するソウゴに声をかけた。


「そうだ。この刀がガラクタじゃないって、これからの俺の旅で証明してみせます。報告に来るかは、わかりませんが。それでは、しろさつき、参ります」


 ふっ、とソウゴは原稿用紙に視線を落としたまま笑った。そして、顔を上げることなく言った。


「城那皐……。名を馳せようっていうのか。おもしろい。期待しているよ。ケガには気をつけて。小さなサムライよ」



 刀の店『かめよし』を出た。

 村を歩く。

 サツキは満足げである。クコはその顔を見て自分も満足した気分になったが、ふと思い出して聞く。


「あ、そういえば。サツキ様。その刀を見ているとき、また目が緋色になっていました。あれって、意識して魔法を使ったんですか?」


 サツキはかぶりを振った。


「いや。気がついたら、魔力の流れが見えた。魔力の通りがいいんだろうな。すっと魔力が伝導した感触があった」

「そうでしたか。きっと、感じるものがあったんでしょうね。この世界での名刀の条件は、斬れること、そして魔力の通りがいいことだといいます。特に刀は斬れることが大事です。西洋剣では丈夫さが肝になります。魔力の通りは、本人の感性の問題とされ、相性次第ですとか軽んじられてしまうこともあると聞きます。魔力の流れを視認することが出来る人はあまりいないでしょうから、基準としては仕方ないのかもしれませんね」

「この刀、名前はさくらまるというらしいな」

「つばの模様にも、桜が入ってますものね」

「花は桜木、人は武士。俺は刀のように、何度打たれてもその度に強くなっていくぞ」

「ご立派です。桜丸がよい相棒になってくれるといいですね、サツキ様」

「うむ、そうだな」


 桜丸にそっと左手を置き、サツキはうなずいた。

 このとき、クコには「花は桜木、人は武士」の意味がわかっていなかった。サツキが頑張って強くなるという決意表明をしてくれたのだと思った。

 しかしサツキには、もっと強い決意があった。

 花は桜木、人は武士。

 意味は、花では桜の花が最も美しく、人はぱっと咲いてぱっと散る桜のように、死に際の潔く美しい武士が最もすぐれているということ。

 そうした武士道に倣い死をも恐れぬ恥ずかしくない生き方をしたいと思ったのである。


 ――死に方を考えることは、生き方を考えることだ。だが、簡単に潔い死は求めない。強くなる。この刀に恥じない生き方をしたいものだな。


 腰に差す桜丸に、武士道精神を誓うように見やる。


 ――これからよろしく頼むぞ、桜丸。


 こうしてこの刀と出会えたのも、よい縁だった。

 買い物は縁だ。人との出会いも縁だが、物との出会いも縁だと、サツキは思っていた。入った店、時間、時期、いろんなタイミングが重なって出会いが生まれる。

 きっと、今回も縁があったのだ。


 ――もしかしたら、あの《うちづち》のおかげ……? いや、まさかな。


 それでも、桜丸との縁に感謝する気持ちには、あの二人組の顔が浮かんでもいた。

 また、武士道を想わせる桜をモチーフにしたのも、こうやって心構えを改めるのによい機会になった。


 ――さて、今日から桜丸こいつで剣の修業でもしてみるかな。


 と、サツキは思った。

 この先、サツキは『さくらまるかめよし』を携えてゆく。

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