31 『おみ~ごと~!』

「《かげぶんしんじゅつ》」


 フウサイは、例のポーズで《影分身ノ術》をした。今度は、その数が倍どころではない。昨晩の戦いで見せたよりも多いかもしれない。ひょっとすると百人以上いるのではないだろうか。

 第三の試練、最後の最後は、この数の中から本物を見つけなくてはならない。


「す、すげえ数だぜ!」


 バンジョーが驚く。


「風才の《影分身ノ術》は、ほかの忍びの者の比になりません。普通であれば二、三人。優秀な者でも四人か五人程度ですから、フウサイのすごさがわかるでしょう」


 フウジンは淡々と言うが、だとすればフウサイはただの天才レベルではない。里始まって以来らしいが忍びの歴史上随一なのではないだろうか。カイエンでさえ六人になった程度で、カイエンとの戦いでのフウサイもここまでの数は見せていない。

 サツキは思わず息を呑む。

 しかし、サツキも眼の力で魔力を見ることができる。

 さっと、フウアンがサツキの横に来て、片膝をついて手裏剣を差し出す。


「これを、本物だと思うたった一人に投げてください。偽物なら煙のように消えるだけ。本物なら、その本物が手裏剣を弾き返します」

「わかりました」


 サツキは手裏剣を受け取った。


「ふう」


 と息をつき、目を閉じ、サツキは集中した。

 そして、開眼。

 魔力の流れを読み取る。ぱっと見れば、どれが魔力の流れる存在かを見られる。

 しかし、今度はフウサイもその数が多いし、魔力の分散が多く見極めにくい。それとも、疲れからだろうか。


 ――正真正銘、これが最後の一投。悔いは残さない。


 すぅっと息を吸い、強く瞳を開く。


「見えた」


 サツキはフウジンに言った。


「わかりました。いきます」


 宣言して、帽子のつばの位置を直す。


 ――いくぞ。


 静かに、しかし力強く、最後の手裏剣を投げた。

 影分身たちの真ん中に堂々と立っているその人が、本物だ。

 果たして、フウサイは動いた。飛んできた手裏剣を左手に持ったクナイで弾き飛ばす。

 フウジンが声を張って、


「おみ~ごと~!」


 バーン!

 と、が鳴り響く。

 地の底から響くようだった。


「正解でござる。サツキ殿」


 クールに、フウサイはサツキを見つめた。

 そこで、里のみんながわーっと盛り上がる。拍手が鳴り響き、忍者の里らしくないほどに賑やかになった。


「わーい! やったー!」

「おめでとーう!」


 アキとエミが大喜びしている。クコもいっしょになって「やりましたね、サツキ様!」と歓喜する。

 見事看破したサツキに、フウジンが称賛を送る。


「まさかこれを見破るとは、お見事です。どうか、風才をよろしくお願いいたします」


 丁寧な深いお辞儀をするフウジン。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 サツキもお辞儀を返した。

 しかし、フウサイはやや歯切れ悪く言った。


「もし今後、またあけがらすくにふくろうぶしたにから襲撃があったとき、拙者がいなかったらどうなるでござろうか。今回は、サツキ殿たちがいたからなんとか里を守れたが……」


 フウジンが首を横に振る。


「気にすることはない。そのときは我々だけで追い払う。さっきも秘伝の巻物を燃やしたところを見せた。あれで襲う理由もなくなったはずだ」

「ああ、そのことだが」


 と、玄内が甲羅から巻物を取り出した。

甲羅格納庫シェルストレージ》でしまっておいたのである。

 これをフウジンが受け取った。


「すみません、ありがとうございました」

「しかし、サツキもよく考えたもんだな。おれに《てんふくせい》でコピーを作らせ、やつらの前で斬って燃やすパフォーマンスをする。で、本物はおれが持っておく。秘伝の巻物は本当に灰になったと思ったろうぜ」


 実は、サツキが戦闘の前に、


「まず、フウジンさん。例の巻物、ありますか? 仕掛けを打ちたい」


 と切り出したあれが、この策だったのである。

 玄内の使った魔法を田留木城下町で見ていたから思いついた作戦だった。

 サツキは冷静に言葉を紡ぐ。


「周囲のリアクションも大事です。だからみんなにはこのことは話さなかった。この里の他の忍者も知らない。だから、みんな本当に燃えたと思って反応してくれた。そうなれば、敵も信じる。それも俺みたいな忍者でもない客が勝手にやったとわかれば、なお信じやすくなるものでしょう」

「まことによい策でしたな」


 いたずらがうまくいったことを喜ぶようなフウジンの笑顔である。


「そうだったんですね! わたし、気づきませんでした! あの仕掛けというのもこのことだったとは……!」

「オレもさっぱりわかんなかったぜ! 巻物が二つあったなんてよ!」


 バンジョーの反応に、玄内はため息をつき、


「バンジョー、おまえ話聞いてたか? 燃えたのはおれが魔法で作ったコピーだ。つまりはレプリカ。本物は一つしかねえ」


 と教えてやる。


「なんだそういうことかあ」


 バンジョーもやっと理解した。


「そういうことなら言ってよー」

「びっくりしちゃったんだからねー」


 とアキとエミがおかしそうにサツキの肩をぽんぽん叩く。

 フウジンは改まってフウサイに向き直る。


「この通り、巻物はわしがこっそり保管する。しかし、もし他にこの里が狙われる理由を探せば、風才――おまえだ。おまえがいなかったら狙われることもなかろう。だから、心おきなくゆけ」

「逆に言えば、フウサイがいたから敵が来たってコトだろ? ならオレらについてこいよ。危険な旅だ。おまえがいようが関係ねーさ」


 バンジョーが続けてそう言うと、フウサイはふいっと顔を背ける。


「里長の言うことはわかったでござる。確かに、敵を呼び集めていたのは拙者の存在。しかし、拙者が仕えると認めたのはサツキ殿でござる。氏は関係ござらん」

「なんだとー! せっかく快く歓迎してやったってのにおまえってやつァー!」


 顔を近づけてにらみつけるバンジョーだが、フウサイはくるりと背を向ける。


「ところでサツキ殿。どうして最後、拙者が本体だとわかったでござるか」

「それは眼の魔法で――」


 とサツキが答えている途中で、


「無視すんなコラ!」

「拙者は氏と話すことなどござらん」

「ないってことないだろ! もうおまえとは口きいてやらねえからな!」


 言い合うバンジョーとフウサイを見て、フウジンはにこりと笑った。


「よい友人とも再会できて、信用できる仲間と主君を得られて、風才は幸せ者だ」


 隣にいたクコがうなずいた。


「きっと、フウサイさんにもそう言ってもらえる旅にします。わたしたち、頑張らせていただきます!」


 うんとうれしそうにフウジンは微笑む。その顔は、孫を想う祖父の顔にクコには思われた。




 フウジンが里の忍者たちに告げる。


「さて。では、これから里の修復作業を開始する」

「はっ」


 と、忍者たちの鋭い返事がそろった。


「フウゼンは接着を」

「わかりました」

「他の者は木を切り出して組み上げること。また、木を切ったらちゃんと新たな苗木を植えるように。それが『植木観音』の教え」

「はっ」


 と、また忍者たちが返事をして仕事にかかる。

 フウゼンは《にかわつなぎじゅつ》により魔法で接着剤のようなことができる。熱に弱いのが欠点だが、使う対象も木だから、燃えたらどのみち修繕が必要になる。

 忍者たちはきびきびと作業にかかった。

 にっこりと優しい微笑みで、フウジンがサツキたちに声をかけた。


「みなさんはお疲れでしょうからお休みください」


 サツキたちはそう言われるが、手伝わないわけにはいかない。


「いいえ。手伝わせてください」

「わたし、頑張らせていただきます!」

「そうです! ボクも手伝いますよ!」

「アタシとアキは元気いっぱいですからね! さっそくアキと苗木を植えてきますっ」


 クコばかりでなくアキとエミもそう申し出て、フウジンは頭を下げる。


「では、すみませんがよろしくお願いいたします」

「任せてください!」


 どん、とバンジョーが胸を叩いた。

 これより、修復作業が始まった。

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