148 『サードチョイス』
ミナトは、心臓が止まったことを自覚した。
指先がピタリと自分を捉えたときには、もう《シグナルチャック》の手にかかったと理解はしたが、心臓が止まったと実感したのは、ツキヒの追い打ちが始まった瞬間だった。
ツキヒのラッシュはこれまでよりも力強く、かつ速かった。
――いやあ、まいったなァ。心臓が止まるってこんなまずいものなのかァ。
ツキヒのラッシュに対応できないミナトではない。
だが、それはあくまで対等なシチュエーションでの話だ。
心臓が止まったまま、片手で自分の身体の一部に触れてそれを解除しようと思いながら、そして焦りながら対するのは、まったく余裕がないものだった。
――こういうときこそ、《すり抜け》で態勢を立て直しつつ、解除を……ああ、そうか。そういうことかァ。
すぐに、ミナトは理解した。
――解除すると、《すり抜け》まで解除されてしまう。だから、《すり抜け》を使わずにツキヒくんの追い打ちをいなして、自分の身体に触れないといけないんだ。
つまり、ツキヒはミナトの《すり抜け》の秘密にさえ気づいていた可能性もある。そこまで計算してこの展開に持ち込んだのだろうか。
――でも、それはともかく……。
と、サツキに注意されたことを思い出す。
――確か、五秒って言ってたな。解除までの時間は、五秒以内。でないと、意識が薄らぎ畳みかけられる。今は、二秒……。
残り三秒の猶予しかない。
意識を失うまではまだもう少しだけ残された時間もあるのだが、五秒以上経つと判断力も大幅に低下して、ほとんど勝負がついてしまうことだろう。
――考えてもしょうがない。やるか。
ミナトは心臓が停止したまま、ツキヒの追い打ちに対抗する。
「《
肉体が苦しい状況に追い込まれる中、難しい剣を相手にしなければならない。これはかなりの集中力を使う。
神速の剣が乱れ、金属音が何度も響く。
――……これか、意識が薄らぐって。
五秒が経ってしまった。
「効いてる~? もう、しゃべるのもキツくなるよね~」
「ふ」
あはは、と笑おうとして、ふっと息が漏れるだけのミナト。
――笑うこともできない。そろそろ限界が近いや。使うか。
ここまで追い詰められたら、ミナトも秘技を使うしかない。
ツキヒの剣を受け、弾いた瞬間、
「あ」
目の前からミナトが消えたことで、ツキヒが口を開ける。
――《瞬間移動》。
ミナトは口に出さずに魔法を唱え、《瞬間移動》でツキヒの後ろに回り込み、ツキヒの左右の肩を斬った。
さらに、とんっと後ろに下がって距離を取り、スパッと刀を振るって、ミナトは左手で右手のグローブに触れる。
「……っ、はあ、はあ。《
心臓が再びドクドクと動き出して、ミナトは呼吸を再開した。
ツキヒは両肩を斬られて、追い打ちに《
この《
ぐっと力を込めて長巻を握る。左の頬から血が滴り落ちた。
「やるな~。勝ったと思ったんだけど、やり返されちゃった」
「いやあ、それほどでも」
また余裕の笑みが戻ったミナトを見て、ツキヒは痛みに耐えながら苦笑した。
――ちょっと強過ぎ~……。ようやく追い詰めたと思ったのに、もう剣振るのも厳しいくらいに斬られちゃったよ。しかも、ミナトが隠してる『消える魔法』。あれも結局よくわからなかったし。
ミナトの《瞬間移動》については、これまでの試合でもほとんど披露してこなかった。
とはいえ、こっそり随所で使用してきた魔法だ。
前の試合でも最後には使った。
だが、消えるという性質上、目で追えないためになにが起こったのかさえ見ている者にはわからない。
姿を消す魔法かと思いきや、高速で移動して別の場所に出現していることもある。これを高速移動だと考える人たちが少しいるだけで、姿を一度完全に見失うほどの高速移動というのはだれにも実感もできず、正体は未だつかまれていない。
今回も、だれにも見抜かれなかった。
会場はサツキとヒヨクの戦いと、ミナトとツキヒの戦い、その双方を見ているからミナトばかりに目が向くわけでもないのだ。それが余計にミナトの《瞬間移動》を謎のベールに包んでいた。
クロノもサツキとヒヨクの戦いからまたツキヒのほうへと顔を向け直した。
「おーっと! 一気に攻防が激しくなったと思われたミナト選手とツキヒ選手でしたが、いつの間にかミナト選手がツキヒ選手のずっと後方へときています! しかも、ツキヒ選手は両肩を斬られてしまったー! これは痛いぞ! 剣は落としていないが、まだ剣を振るえるのか!?」
ミナトとツキヒによる静かな読み合いと攻防に、クロノも気づいていない。ミナトが心臓を停止させられ、追い詰められていたことに気づくのは傍目には難しく、それをミナトが切り抜けたこともまただれにも気づかれないのだった。
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