147 『キャプチャーハート』

 ツキヒは今まで以上に長巻の扱いを素早いものにした。

 急なスピードアップでミナトの不意を突きたい。

 そうすることで、より《シグナルチャック》を発動させやすくなるだろう。


 ――戦術はシンプル。ただただミナトの心臓を止める。そのために指先をミナトに向けて、逃げられないよう長巻と体術を駆使して《シグナルチャック》を発動させる。


 しかし、ミナトはそれでも悠々と斬り返してくる。


 ――厳しいな~。まだまだ余裕なのか、ミナトは。でも、発動すればこっちのものだ。いくよ~。


 もっとツキヒは長巻のスピードを上げる。

 ミナトの対応力はすごくて、ツキヒは隙を作れない。

 だが、さっきよりも《シグナルチャック》の発動を狙えそうになっている。指の動きへの反応が、ギリギリになってきているように思われる。


 ――もう少しで発動できる。そうすれば、もう逃がさない。解除させないのに~。


 ツキヒがミナトに勝つためにクリアすべき課題の最難関は、やはり《シグナルチャック》の発動だった。それさえできれば、ツキヒは勝てる確信がある。


 ――ミナトのグローブと半透明化には、弱点がある。《シグナルチャック》を解除しようとするとき、ミナトは半透明化を使えない。


 つまり、《シグナルチャック》を解除する瞬間だけは、ツキヒの長巻を透かすことはできないのだ。


 ――なぜなら、魔法を解除するグローブを発動させてしまえば、半透明化も解除するからだ。そうなれば、おれの長巻で斬れる。


 これは逆も言える。

 解除したくても、長巻で斬られそうになれば、半透明化を使いたくなるから、解除に踏み出せない。

 ミナトを無敵たらしめる武器である、解除と半透明化。これらは二つそろえばだれにも負けないチートツールだが、ミナトはその都度どちらか一方しか選び取ることができない。そして、どちらか一方だけの使用であれば、どうとでも勝ち筋を作れる。


 ――したがって、透過と解除をされないよう追い打ちをかけ続けて十秒経ったらおれの勝ち。


 だから、とにかく《シグナルチャック》の発動が最低条件であり、最難関のステップなのだ。

 ミナトの剣は常に流麗にツキヒの長巻を翻弄してくる。

 が。

 ツキヒの指先も徐々にミナトを捉えかけてきている。


 ――そこだ。


 ようやく、ミナトの動きが計算できた。


「《しゅうへいげつ》」

「……おや?」


 雲に隠れて見えなくなるように、剣が一瞬見えなくなった。ミナトは見失った剣筋を予想して、かすかな音で剣の来る方向を探した。ツキヒの指先にも注意しながら剣を振り、なんとかツキヒの剣を受けられた。


「本当に見えなくなったわけじゃないんだよ~」

「いやあ、見えなくて驚いたなァ」

「かなりいろんな状況を利用して一瞬だけ、ミナトには見えないようにしてる剣なんだ~」

「へえ、いいねえ。それ」


 じゃあ、とツキヒは「《しゅうへいげつ》」を続けて繰り出す。


「おっと」


 また捉えて受けたミナトに、ツキヒは次の技を使った。


「《きょうすいげつ》」

「今度は見え……あれ?」


 見えるのに、透けるように通り過ぎてミナトを襲う。


 ――僕の《すり抜け》みたいな技だなァ。でも、手の引き方が独特だった。普通は見逃すほど小さな動きだけどね。


 それが《きょうすいげつ》の正体だと思われるが、そこまで見て合わせるのは結構な技術が必要となる。


「さあ」

「まいったなァ」

「《しゅうへいげつ》」


 見えなくなる剣を、ミナトは左に避ける。

 長巻の軌道を読んだスマートな動きだが、ツキヒはそこに合わせて、指を折り曲げミナトに向ける。


 ――次は《シグナルチャック》かァ。


 これもミナトがかわしたところに、ツキヒは刀を舞わせた。

 身体をひねり、遠心力も使っての剣撃である。


「《きょうすいげつ》」

「《そら》」


 見えるが捉えるのが難しい軌道の剣。さらに遠心力がパワーをカバーし、ツキヒは一瞬だけ長巻から片手を離す。ここまでずっと両手で持っていた長巻だが、勝負所を踏んで離した手でミナトを指差す。

 対するミナトは、斬撃を飛ばす《空ノ刃》でツキヒを狙った。ツキヒは避け斬らずに、腕が少しだけ斬れるが、構わず《シグナルチャック》を発動させることを優先した。ミナトが《空ノ刃》を放ったあと、ギリギリで《きょうすいげつ》を見極めて受けたと同時に、指先が向けられていたのである。

 ミナトにとって、ツキヒがここまでやってくるのは予想外だった。

 ツキヒの長巻はミナトが持つ刀よりも大きく、特に柄は薙刀のように長い。ツキヒの戦闘スタイルからも、手を離さないと思っていたのだ。

 しかし手は長巻から離れ、指先がミナトに向けられた。

 ついにターゲットを捉えて、ツキヒの口元には薄い微笑が浮かぶ。


 ――やった。


 この瞬間、ミナトの心臓は《シグナルチャック》の発動で停止した。


「油断したね?」


 ツキヒは、ミナトが自分の心臓が止まったと意識するよりも早く、追い打ちをかけていた。


「何秒耐えられるかな~?」

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