16 『オーバーロード』

「革命が目的だとおっしゃいますが、どんな思想の革命を理想に掲げているんですか?」


 サツキが問うと、ヴァレンは微笑して、


「そうねえ。世界平和、かしら」


 曖昧なようでいて、それ以上に真実なことは確信できた。

 そうですか、とサツキは言葉を切り、玄内に視線を送った。


「先生。世界は今、革命期にありますよね」


 玄内は、サツキの考えていることがわかる。サツキの意図は二つある。一つ目は、ヴァレンの願う世界平和と革命期の動乱の乖離――すなわち、理想と現実の差がいかほどなのか。それを知りたいというのだろう。二つ目は、ヴァレンについて知っていることを教えて欲しいのだと思われる。


「そうだな。先日サツキと話したときにも言ったが、あらゆる面での革命期に入った。そうした気配が充満している。世界各地で内乱もあれば、国家間でのいがみ合いも増えてきた。そうした時代には、革命家も生まれる。中でも異彩を放つ革命家が二人。『ぐんじんこうてい巴炉仏入歴バロー・フィリベールと『れいなるだいとうぞく時之羽恋ジーノ・ヴァレン。フィリベールはシャルーヌ王国の現国王だ。シャルーヌ王国では三年も前に、フィリベールが世界に先駆けて革命を終えてしまった。『かみのう』とも称される世界最高の軍事的天才のために、一足先に革命を遂げたんだ。以来、フィリベールは内治に勤しんでる。もっとも、実際にそれを行うのは重臣たちで、本人は数学の研究や読書三昧って話だ」


 そこまでをサツキに説明して、玄内はヴァレンにあごを向けた。


「だが。おまえさん……時之羽恋ジーノ・ヴァレンは、そんなフィリベールの覇業を十代も半ばから後半という若さで助けたが、二十代の半ばになった今も、未だに革命を成すために動いていると聞く。今度はおれらの覇業を助けたいってのかい?」

「話が早いわ。さすがは『ばんのうてんさい』ね。ええ、そうです。アタシはリラちゃんを最初に見かけたとき、気さくで心優しいあの子を気に入った。また会うことがあれば、なにか力になってあげたいとは思っていたの。それからしばらくして、あなたたちが士衛組と名乗るようになり、その評判を知って、情報を追ったわ。アタシの友人が気に入ってる人たちらしいってのもあってね。あの子たち、いつも楽しそうにあなたたちの話をするんだもの。で、あなたたちを知れば知るほど、魅力を感じた。ついさっきも立派だったわよ」


 クコが首をかたむける。


「ついさっき、ですか?」

「ええ。感動……いや、感心しちゃったわ」


 バンジョーは鼻の頭をこすってニッと笑う。


「オレはなんもしちゃいねーよ」

「確かにあなたはなにもしてなかったわね」


 ヴァレンがさらりと言ってかわすと、サツキに向き直る。

 サツキには、なんの話かわかっていた。


「立派というのは、泥棒の……」

「そう。実はアタシたち、泥棒とのやり取りを見てたのよ。あなたたちは泥棒を許したばかりか、彼の言い分にも耳を傾け、あまつさえ施しを与えた」


 クコは隣のサツキを見てから、


「いいえ。あれは、わたしのわがままでやったことです。この旅の仲間の資金を使ってしまったので、とても立派かどうかは……」

「確かに、あれはクコの自己満足ね」


 とルカに言われ、クコはうなだれた。


「あう……」

「でも、それが悪いことではないの」


 ルカの言葉に、バンジョーが同意する。


「だよな。人の命が助かるなら安いもんだぜ」


 ヴァレンはバンジョーのほうは見ずにサツキへ目を向けたまま言った。


「で。立派だったのは、サツキちゃん」

「はい。サツキ様は、とても立派な方です」

「当然ね」


 クコとルカが、自分が褒められたような得意げな顔で答える。


「あのような泥棒にも、いちいち事情を聞いて言い分を述べさせる機会を与える。簡単にできることじゃないわ」


 と言って、言葉を切り、ヴァレンは続けた。


「けれど、あれは嘘よ。病気の弟なんていない。バトロはただの泥棒なの。偽名だとも思うわ。同じ盗賊稼業をしてるとわかっちゃうのよねぇ」


 そう言ってヴァレンは悩ましげな乙女のようにため息をつく。

 クコは驚いたが、すぐに胸をなで下ろす。


「弟さん、病気ではないんですね。よかったです」

「……」


 サツキはなにも言わず、平然と無表情を貫いている。

 ヴァレンは感嘆の声を漏らした。


「なんてピュアなのかしら。嘘と知っても架空の弟の健康を喜べるなんて、本当にきれいな心をお持ちだわ」

「架空の?」


 頭をかたむけるクコだが、士衛組のほかのメンバーにはなんとなくわかっていた。少なくとも、その可能性は考えられた。

 だが、さらに考えてバトロと話をしていたのは、サツキとルカである。

 その証拠に、サツキとルカは顔色一つ変えない。


「普通、嘘に差し出すお金なんて無駄金だと思うのにね。サツキちゃん、あなたにも聞いてみたいわ。どうしてあんなことをしたのかしら。嘘には気づいていたのでしょう?」

「正義でいるため。それ以上の理由はありません」


 そこまで言って、ヴァレンは妖しく微笑んだ。


「やっぱりそこまで考えていたのね。ンフ。期待通りだわ。士衛組が、正義でいるため。さしずめ、広告費ってところかしら」

「広告費、ですか?」


 クコが小首をかしげるが、士衛組でもそこまでわかっていない者が多い。そのため、ルカが淡々と解説した。


「あそこは人通りが多いわ。だから、あの泥棒と一定の距離を保って声をかけ、周囲にも聞こえる会話をした。そのとき、士衛組の名前も出して、病気の人間のために施しを与えた。少しは噂になるでしょう。士衛組は慈悲深く人助けまでする親切な組織だ、と」


 その場合、本当に心から親切心をもって接するクコがいて、初めて成立する。


「いずれにしても無駄金にはならない。バトロの弟が病気じゃないことに越したことはないが、仮にバトロが本当のことを言っていたとしたら、彼は弟のために薬を買える」


 サツキは顔を上げて、ヴァレンを見る。


「そういうわけです。他言は無用でお願いします」

「わかってるわよ。人助けをしたことは本当だもんね。それより、アタシはこんなおもしろい組織を作り上げたあなたの人物というものに、惹かれているわ」


 ヴァレンの見るところでは、


 ――彼のことを、女性は放っておかないでしょうね。でも、それ以上に、男性のほうが放っておかないわ。強烈に惹きつけるなにかを持っている。


 と思われた。


 ――男が男に惚れるのが、一番危険で甘美なことだわ。サツキちゃんを慕いついてきた彼らもそう。かくいうアタシも、サツキちゃんに惹かれている。この子はいずれ……。


 だから、ヴァレンはこう申し出た。


「さて、話を戻しましょうか。アタシを仲間にして欲しいって話に」

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