115 『ゴッドハンド』

 斬られた傷を治療してもらったサツキ。

 全身の傷はおおよそ塞がれ、少し足りない血を除けば、残すは砕かれた左腕だけとなった。

 ルカはファウスティーノの治療を見て、


 ――早かった。そして精確な治療だった。『かみ』……そう呼ばれるのも納得するわ。非常に勉強になった。


 ファウスティーノは依然淡々としており、


「よくついてきた。サポートご苦労」


 と抑揚のない声でルカを労う。

 小さく頭を下げたルカに、ファウスティーノは続ける。


「さて。ここからは左腕だ。砕かれて身体から分離した腕を再びくっつけるのは、簡単ではない。神経までつなぎ合わせる必要があるからな」

「そんなこと、できるのですか?」


 最初から、そこがルカには疑問だった。

 しかし方策はあるだろうと思い手術を見てきたが、『神ノ手』が次に言うのは意外なことだった。


「できる。私にはできるのだ。いや、正確には私にかかれば可能と言えるのだ。やるのは私一人ではないからな。《あく》を借りる」

「あ、悪魔!?」


 と、ルカは目をむいた。

 ミナトは楽しそうに微笑む。


「へえ。『神ノ手』が《悪魔ノ手》を借りるとは、いなせだねえ」


 むしろ、ルカは皮肉か冗談かと思った。どこがいなせなものだろうか。もしブラックジョークならすぐに正気に戻ってもらいたい。だが、ファウスティーノがこんなときに冗談を言う人間にも思えない。


「魔法ですかい?」

「まさに、魔法なのだ。私の家系は、錬金術師でな。それも、そんなルーツが一つではない。一つのルーツに悪魔召喚があり、別のルーツにはこの『アゾット剣』がある」


 と、ファウスティーノは白衣の内に隠れた腰から短剣を取り出した。一見、杖にも見える細身の短剣である。


「『アゾット剣』……? それはいったいなんですか?」


 ルカが聞くと、ファウスティーノは即答した。


「ただの容器だ。《けんじゃいし》あるいは別名《エリクサー》と呼ばれる薬を入れるためのな」

「なんです? それは」


 ミナトが首をひねる。


「《エリクサー》と言えば、霊薬だわ! 本で読んだことがあるのだけれど、どんな症状も治すという万能薬よ」

「いくら《エリクサー》といえど、さすがに万能ではないのだ」


 と、ファウスティーノが口を挟む。

 おずおずとルカが尋ねる。


「失敗作というわけでは、ないのですよね?」

「ああ。私の医術と《悪魔ノ手》の力があって、おおよそほとんどの症状を治せるというだけだ」

「すごいなァ。その霊薬と石が同じものだと。実際に、そんなすごい石があるんですかい?」


 ミナトの問いに、ルカは噛み砕いて答える。


「錬金術の最終到達点と呼べる傑作が、《賢者ノ石》なの。金を生み出すための秘石であり、不老不死さえ成し遂げる究極の物質よ。かつて、あらゆる奇跡を叶えるそれを、錬金術師たちは創り出そうとしたわ。でも、それを創り出した人の話は伝説化されるばかりで、実在はしないものと思われていた」

「無知な僕でも、錬金術が過去には学問だったことは知っています。こんにちの化学や魔法道具の基礎になったんでしたっけ」

「ええ。サツキとも話したことがあるけど、化学の基礎であることはサツキの世界とも同じね。ただ、私たちの世界では、錬金術は魔法道具という概念を生み出したわ。術と智恵の継承が私たちの世界の錬金術師にとっては大切で、だれもが形式化して使えるものを目指した。その結果、だれもが扱える魔法として魔法道具が創られたのよ」

「まさしく、錬金術師たちにとって、『一人の特殊な魔法ですべてが解決するものは、錬金術ではなくその人の魔法でしかない』のだ」


 と、ファウスティーノが言った。

 ミナトが聞いた。


「それでいくと、その《賢者ノ石》は魔法道具ということになりますか」

「ああ、そうなるのだ」

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