114 『アミュレット』
ファウスティーノのモルグでは、ミナトとルカがサツキを見守っていた。
「さっそく始める」
「お願います」
ミナトは、テーブルを挟んでファウスティーノの向かい側に立っている。
ルカもミナトの隣に立ち、
「私は父が医者です。手伝えることがあればなんでもします」
と申し出る。
――私の手は要らないと言われるだろうけど、できることが少しでもあれば……。
そう思っていたルカに、ファウスティーノは意外にも指示を出してきた。
「であるならば、
「はい」
いそいそとルカがサツキの服を脱がせてやる。
ズボンは着用したままだが、カーメロは出血させることを目的に斬ったから、足の傷は深くズボンもその形に切れている。その切れ目から破いて、ファウスティーノは傷の治療を始めていた。
そこからの治療中、ルカとファウスティーノは話をした。
「
「なんでしょう」
私なんかとなにを話したいのかとルカは思う。しかし、より正確に言えば、ルカ自身のことではなかった。
「おまえの父親は、
「そうです」
「やはりそうか。最近発表された細菌学の研究、読んだ。見事だった。私は病理学者でもあり、医学全般の研究に興味があるのだ。中でも彼の論文は素晴らしかった。それを伝えたかったのだ」
「ありがとうございます。……そういえば、その研究、私がサツキと旅をすることになったとき、いっしょに王都へ提出したものなんです」
「……」
「論文が認められるようにとサツキは手を合わせて祈ってくれて、私とクコもいっしょに祈りました」
ファウスティーノはそのことには興味もなさそうだったが、ミナトは楽しげに聞いていた。懐かしそうに語るルカに笑いかける。
「そんなことがありましたか。ルカさん」
「ええ。あれから随分と経ったわね。忘れていたわけじゃないけれど、論文についてこうやって褒められたのはうれしいわ」
「ですねえ」
ルカとミナトに、ファウスティーノが淡々と言った。
「今は喜ぶときではないのだ。おそらく、かの研究はもっと広く称賛されることになるだろうからな」
「だとよいのですが」
続けて、ファウスティーノはこんなことを話す。
「おまえの父親がどれほど優れた医者かはわからない。しかし、非常に優れた研究者であることは間違いない。あの膨大な研究量、勤勉な
「それは、ヒナの父の裁判で勝てたら、士衛組の評判を高めるように。ですか?」
「ああ。まさしくその通りなのだ。境遇はまるで異なるおまえと
ヒナとルカのために、なにがどう作用するのか。ルカは考えてもいなかった。指摘されてもすぐにはピンとこない。
「それって、どういう……」
「城那皐がお人よしだということなのだ」
もっとわからなくなる言い回しをされて、ルカは首をひねりたくなった。
だが、意外にもミナトは察していた。政治的な目を持たずに考えもしないのに、サツキの意図がわかった。くすりと笑う。
「確かに、サツキはお人よしだ」
ルカにはそれが、言葉のままミナトが笑ったように見えた。サツキのお人よしをミナトも同意しただけだと思ったのだ。
その実、ミナトは鋭く理解していた。
――本人は気づいていないみたいだけど、これはルカさんとヒナを守るための策でもあるんだね。アルブレア王国側は、偉大な研究を認められた人物の娘に手出しするのはためらわれる。しかも、ヒナほどの逆境から勝ち得た研究であればなおさら、その娘を攻撃することは民衆を敵に回す結果となる。
そして、ルカもヒナの裁判がうまくいけば同様に扱われる。人類の発展に貢献する正義に敵対するのは、民衆感情的に避けたいことだ。
――さしずめ、ルカさんとヒナを守るためのお守りってところかな。本当にお人よしだなァ、サツキは。
政治眼はなくとも、相棒の考えることはミナトにはピタリとわかるようになっていたらしい。
また、お守りという表現も、実はサツキがルカの父の研究を提出したときに考えていたものと奇しくも同じだったのである。
ルカ本人がその意図を知るのは、もうしばらくあとになる。
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