35 『インサイトアビリティー』

 勢いよく走り出したヴォルフを見据えながら、ミナトは三度、刀を振った。


「斬撃、三連射だー! ミナト選手の軽やかな剣を、ヴォルフ選手も避けていきます! オオカミの血を引くヴォルフ選手は、獣人ならではの武器、その鋭いオオカミの爪でミナト選手を切り裂きにかかる。武器のリーチをものともしない動きはヴォルフ選手の器用さの成せる技か! ミナト選手も余裕の表情だが、どちらが先に一撃を入れるのでしょうか!」


 解説のように、ヴォルフは鋭い爪でミナトを引き裂こうとしている。しかも、ミナトの刀が持つリーチを相手に、速いミナトの刀をかわしながら。だが、ミナトもヴォルフの爪を一度も受けない。かすり傷一つつけていない。

 ミナトはパッと目を大きくした。


「《そら》」


 ブワッと竜巻が起こる。

 たった一本の刀をぐるりと舞わせるだけで、周囲が竜巻に包まれた。

 ヴォルフはちょうどミナトから離れたところだったから、予定外に余計に吹き飛ばされる。


「ガルァ!」


 チラと上空を見て、ミナトは気流が乱れていることを確認した。


「そういうことかあ」

「あいつ、ヴォルフを相手にしながらブーメランの秘密に気づいたというのか!」


 ハイナーは驚嘆に眉を寄せ、隣に戻ってきたヴォルフに聞いた。


「大丈夫か?」

「とーぜんだろ!」


 これに対して、ミナトもサツキの隣に戻ってきて言った。


「やあ、わかったかい?」

「うむ。おおよそ察しはついた。ミナト、見えるだろう? あのバチバチいってる雷が」


 舞台上空をブーメランがぐるぐると止まることなく飛び回り、あちこちでバチバチと雷が発生している。


「彼の異名、『ひゃくらいこくろう』ってそういうことだったんだねえ」

「おそらく、空気中の静電気に働きかけている。空気をかき混ぜて静電気を強めて雷にさせるんだ」

「一度投げたブーメランの回収をしなかったのも、このためなんだね」

「だから、ブーメランを投げたら平気で視線を外していたんだ」


 ブーメランから視線を外すことは、ブーメランのキャッチを考えていないことを意味する。


「ただし、ブーメランは飛び続けていて、いつこちらに飛んでくるかもわからない。雷を起こす装置であり、とうてき型の武器でもあり続けているわけだ」

「うむ。そして、ハイナーさんの魔法はさっきまで準備段階だったが、もう発動できそうな気配がある」

「気配って、勘?」

「まさか。ハイナーさんの剣が、直接ではないがあの雷から魔力を受けているんだ。雷に反応していた。二人の行動開始に時差があったのそのためだろう」


 開幕から動き出してブーメランを投げることで魔法の発動もしていたヴォルフに比べて、ハイナーは未だ様子見している。


「あれ、サツキ。雷から魔力が移動するのまで見えるんだ?」

「今までは見えなかったと思う。レオーネさんのおかげで、魔力の質が変わるのも見えるようになってるようだ」

「へえ。そんなものまで見えるようになってるんだねえ」


 潜在能力の解放をしてもらっているおかげで、魔力の視認能力にも変化があったらしい。


 ――俺は今まで魔力がオーラ状に見えていた。それが、魔力の質の変化まで見えるようになってきている。


 たとえるなら、「魔力を炎に変化させて手から放射する魔法」を見るとき、今までは魔力が手に集まっていることや強まっていることは可視化できていたが、今では炎が放射される前でも魔力が炎に変化しているのがわかるようになってきたようなものである。


 ――つまり、この力が成長すれば……魔法が発現する直前に、それがどんな魔法なのか視認することもできるかもしれない。


 魔力が個人の特異性を持った魔法に転換されるとき、その魔力の質感の変化まで見えるようになった感覚といえるかもしれない。

 玄内に聞けばサツキの感覚を言語化してそんなふうに説明してくれることだろう。


「それで、ハイナーさんの魔法はどう変化するんだい?」

「発露する形状まではわからない。ただ、質量は感じないし、視覚に作用するタイプだと思われる。光……?」

「ほう」


 二人の会話を聞いて、『司会者』クロノが嬉々たる声をあげた。


「恐るべし《いろがん》ーッ! なんという観察力と洞察力だー! サツキ選手の目は特殊な魔法であることが薄々わかっていましたが、そんなことまで見えてしまうのか! バトルマスターのレオーネ選手も、見た魔法の原理まで読み解く推理力を持ちますが、サツキ選手の推理力も負けてないかもしれないぞー! サツキ選手の推理が当たっていたかはまだ言えませんが、次に期待されるのは、攻略方法をどう創造していくのかということでしょう」


 ミナトは苦笑した。


「いやあ、親切な実況で」


 ――そこまで言っちゃったら、サツキの推理が正解だって教えてくれたようなものだけどなァ。


 ありがたいが、ちょっとハイナーには悪い気がする。

 しかし、サツキは難しい顔で生真面目に考えているらしく、ミナトに小さく言った。


「親切にも、俺の推理が当たっているかは言えないと教えてくれた」

「だねえ」

「つまり、合っているかは言えない状況であり、それほど単純なカラクリでもない」

「ん?」

「だから、ハイナーさんの魔法相手には慎重にいけと言ってくれたようなものだ。細心の注意を払っていくぞ」

「はいよ」


 答えながらも、


 ――そういえばサツキって、このレベルでくそ真面目だったなァ。たぶんちゃんと当たってて単純なカラクリなんだろうけど、サツキがそう言うなら慎重にいくか。


 とミナトは思った。

 ふわふわした微笑を浮かべたままのミナトと魔法を推理してみせたサツキを見て、ハイナーはヴォルフに声をかけた。


「やつら、そこまで気づいてるぞ。だが、知っているだけでは攻略もできない。クロノさんも言っていたように、大事なのは攻略方法の創造だ」

「だよな! オレらがやることはいつも通り! だろ?」

「ああ。いくぞ」

「おう! ガルッ!」


 と、ヴォルフが小指の爪をカリッと噛む。

 サツキの瞳が大きく開く。


 ――ブーメランが加速した……! 空気がより一層かき混ぜられている。これは、雷も強くなるってことか。小指の爪を噛むとそんな効果もあるのか……。


「ガルルルッ!」


 ヴォルフとハイナーは、二人で走り出した。


「おおっと、《駈ける百雷ブーメランストリート》が空を駈け巡る中、ヴォルフ選手とハイナー選手が一斉に動き出したぞー! サツキ選手とミナト選手はどう出るんだー!?」


 ――今度は二人で接近戦か。


 サツキは緋色の瞳でヴォルフとハイナーの動きを隅々まで見る。


「ミナト、ブーメランは加速した。雷の威力が上がり、発生頻度も上がるはずだ。ブーメランにもぶつからないように気をつけるんだ」

「了解、サツキ」

「うむ。さあ。俺たちもやるか」

「よーし。ここまで暴れられてばかりだし、僕らも反撃開始だ」


 ミナトが口元をニッとさせ、刀を構えた。

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