73 『ルースレスメソッド』

 ミナトを襲う連撃も、ヒットはない。ミナトはすべての攻撃を軽やかにいなしていく。


「仲間を心配してよそ見をするなんて、退屈させてしまったかい?」

「まさか。僕が考え事をするのはよっぽどなんですぜ」


 華麗なハルバード捌きも、右手だけでしているからたいしたものだ。まだこれを相手にするだけならミナトに余裕もあるのだが、動きを読みにくいハルバードに対応しつつ、多彩な戦術を駆使してくることを考えて戦うのは簡単じゃない。


 ――もっとサツキの様子を知りたいのに、厳しいなァ。この人、本当にセンスがいい。抜群にいい。鋭くて隙がなくて、とにかく強い。この人が剣を極めていたら、楽しかったろうなァ。でも、ハルバードってのも悪くない。楽しめそうだ。


 だが、次の瞬間、


「おーっとサツキ選手、バトルアックスがかすったー! 致命傷は避けられたかー?」


 クロノの実況が入り、ミナトはついそちらに注意が向いてしまう。


 ――サツキ!


 当然、このわずかな隙を、カーメロが見逃すはずがなかった。


「サツキ選手、すかさず反撃だー!」


 続くクロノの声には、ミナトも反応していられなかった。カーメロのハルバードが自分に迫ってくるのが気配で察知され、紙一重でよける。


 ――ミナトくん。身のこなしが見事だ。動体視力や体幹も優れているが、反射神経がすごい。そしてなにより、このギリギリでボクの攻撃を視界に入れても、ピタリと完璧に対応してみせるその空間把握能力が、ズバ抜けている。


 カーメロが感心しながらハルバードを引き、同時に、左手をミナトに伸ばした。


 ――だが、ボクはそんなに甘くないんだ。よけさせるための一撃を繰り出したあとは、狙い通りのフィニッシュを決めるだけ。うん、パーフェクトだ。


 ミナトは、自分のよける先にカーメロの手が伸び、目を見開いた。


「しまった」


 ここでも、ミナトには奥の手があった。対処法として、《瞬間移動》で逃げることができる。

 けれども、それはギリギリで、手が触れられる寸前であり、間に合うかは五分五分といったところ。だからミナトはそれをしなかった。一瞬の判断で、カーメロの《スタンド・バイ・ミー》を受け入れることにしたのだった。


 ――乗ってみるのも一興。


 刀を下げる。これで、最悪場外へ飛ばされても、地面に手足は着かない。刀が刺さるだけだ。地面への着地をしなければ、どこからでも《瞬間移動》で戻ってこられる。


 ――カーメロさん。あなたが温めていた戦術、見せてもらいます。


 すると。


「《スタンド・バイ・ミー》」


 カーメロの魔法《スタンド・バイ・ミー》が発動。

 ミナトは別地点にワープしたのがわかった。

 だが、場外ではない。

 カキン、と右手で持っていた刀で斬撃を受ける。背中を向いたままでも、その攻撃は受けられた。

 ピタッと、相手の刃が止まる。


「なるほどねえ。サツキの目の前に飛ばしてくれたのか。つまり、スコットさんは……」


 肩越しにミナトが振り返ると、カーメロの横にはスコットが立っていた。


「大丈夫か、ミナト」


 サツキの声がして、ミナトはにこりと答える。


「うん。まったく問題ないよ」

「それはそれで腹が立つな。だが、ミナトにはこれくらい余裕で対応してもらわないと困る」

「あはは。だよねえ」


 ミナトはくるっと身をひるがえして、カーメロとスコットに顔を向けながら笑ってみせた。


 ――まさか、《スタンド・バイ・ミー》で僕と場所を入れ替える対象が、スコットさんになるとは思わなかった。


 カーメロの左手が触れ、《スタンド・バイ・ミー》が発動した際、入れ替わったのはミナトとスコットだった。カーメロの左手にスコットが引き寄せられ、ミナトはスコットがいた場所ポイントに飛ばされたのだ。


 ――しかもピンポイントで、サツキの攻撃が来るタイミングに合わせ、かつ僕の身体の向きまで計算して、背後から襲われるように設定して飛ばしてくるなんて。なんていくさ巧者なんだろう。やるなァ。


 相手の手際のよさに、ミナトは感動すら覚える。

 状況も瞬時に把握したミナトだが、頭の回転の速いサツキもすぐに理解していた。


 ――大怪我で済めばまだいいが、これで俺がもしミナトを殺してしまったら、失格になるのは俺で、ミナトは死んで戦闘不能。その時点で勝敗も決まる。なかなか非情な戦術をしてくれる……!


「今の《スタンド・バイ・ミー》、同士討ちが狙いだったようだな。厄介な戦法だったが、戦術を一つ潰せたのはよかった」

「だねえ」


 次に同じ戦法で来られても、各段に対応はしやすくなる。このあと、注意深く見ていけば、《スタンド・バイ・ミー》でスコットに触れた時点で今の戦術が採られることがわかるし、一度スコットに触れたら解除できない。だからカーメロも同じ手は使わない。


 ――これで俺とミナトの立場が逆だったら……ミナトが俺を背後から斬りつけていたらと考えるとゾッとする。この可能性がなくなったことは大きい。


 これは、戦術を一つ潰せたと言ってよいだろう。

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