4 『ラドリフ神殿あるいは碑文』

 一時間ほど調べたあと。


「結局、『黄金の仮面』はありませんでしたね」


 サツキがつぶやく。

 シャハルバードは穏やかな顔で首をゆるゆると振った。


「いいのさ。ロマンを求める冒険ができた。それが大事なんだ。それに、ワタシはサツキくんたちの協力をすることが一番の目的だったからね」

「そういうことだ」


 とクリフも腕を組んで短く言った。

 アリは頭の後ろで手を組んで明るく笑っている。


「でもおいらは、『黄金の仮面』ってのがどんなものか見たかったなあ」

「どうせ黄金でできた仮面ってだけでしょ?」


 ナディラザードはつまらなそうに言うが、それでもアリは「いいや、きっと顔から外れないとか不幸が起こるとか、呪いの仮面なんだよ」と、ロマンが伝わらずもどかしがるように反論していた。

 このシャハルバードたち四人は、リラがガンダス共和国で出会った船乗りであり商人である。彼らの助けを受け、リラは士衛組と合流するまでの旅をしてきた。他にも、せいおうこくからずっといっしょだった二人組もいるが、サツキがその二人に会うのはアルブレア王国に到着したあとになる。

 シャハルバードは輝く瞳をサツキたちに向ける。


「キミたちは碑文を読みに来たのだろう? どうだった?」

「はい」


 クコは力強くうなずき、リラを見やる。リラもクコと目を合わせてうなずいた。

 碑文は、社の内部にあった。

 石壁は社の周りにもいくつもあり文章が刻まれていたが、このメイルパルト王国の文明を書き記したのみであった。だが、そこにはこの世界に関する重要なことも書かれていた。

 リラが読解し、ノートにそれらをしっかり書き記す。

 だからもうこれ以上に調べることはない。


「それで、この碑文にはなんて書いてあったんだ?」

「では、読み上げますね」


 ノートに記した文章を音読する。


「3033年、世界大戦が終了し、世界は崩壊した」


 この一文から始まった内容全体は、ごく短いものだった。


「この最後の世界大戦は、十度目のものであった。ただこれまでと違ったのは、そこに戦勝国が存在しなかったことだ。ほとんどすべてが壊れた。もしこの戦争に勝者がいるとすれば、平和のために戦いを収めようとしたこくだけだろう。『げいじゅつとう』《ARTS》を残した和国だけが、この先の人類に文化を残せるかもしれない」


 そして、言葉を切り、リラは文末を読んだ。


「これを読んだ後世の人々は、同じ過ちを犯さぬように」


 聞いていた者たちは、あまりこの碑文の意味がわかっていないようだった。


「世界大戦……とは、世界中での戦いのことですか? 途中で、戦争という言葉もありましたけど……」


 クコが疑問を呈した。

 みな、はっきりと答えられない。

 が。

 サツキだけは、恐ろしい事実を知った思いがした。


「世界大戦とは、世界中を巻き込んだ大きな戦争のことだ」

「な、なるほど……」

「クコ。この世界では、世界大戦などはまだなかったな」

「はい。そうですけど、サツキ様の世界にはあったのですか?」


 と、クコはぼんやりとサツキを見た。


「ああ。この世界はそれほど強力な艦隊や戦闘機が大量にはない。だから、世界大戦など起こすのは極めて難しい。一部の軍隊が一方的に侵略する形になる。激しい戦闘となると、むしろ人間兵器が暴れたほうが怖いくらいなのがこの世界だ。しかし、この世界も遙か昔にはそうした科学力を駆使した世界大戦があった。俺の世界のように」

「要するに、この世界は再生された世界ということですか!」

「ああ。それどころか、俺の世界と似てるということは……」

「あっ! もしかして、サツキの世界とこの世界がつながっている可能性さえあるってことかしら」


 と、ルカだけが、サツキの気づいた可能性について、考えが及んだ。


「そうだ。あくまで可能性の話だが」

「じゃあ、サツキは3033年より前に生まれたってことになるわね」

「うむ。さすがはルカだな。俺は2000年代から来たのだ」


 サツキに褒められて、ルカはそわそわするほどうれしい。しっぽがあれば犬のようにふりふりしていただろう。


 ――でも、この可能性は信じたいものでもないでしょうね。サツキは、果てしない未来に来たことになるのだから。

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