21 『ゲノムエボリューション』
昼食後。
出かけようとするサツキとミナトに、バンジョーが《
手のひらからヨウカンとおまんじゅうが二つずつ出てくる。魔力を回復できるお菓子だ。
「よっと。試合の前でも後でも、好きなときに食え」
「ありがとう存知ます。バンジョーさん」
「助かるよ。ありがとう」
「おう! 頑張れよ!」
ほかのみんなもエールを送ってくれた。
午後、サツキとミナトは「いってきます」とロマンスジーノ城を飛び出した。
コロッセオ挑戦二日目。
円形闘技場コロッセオに到着すると、また本日の参加を申し出た。
「サツキさんにミナトさんですね。はい、本日の参加も承りました。シングルバトル部門とダブルバトル部門、両方の参加でよろしいでしょうか」
受付のお姉さんに聞かれて、ミナトが答える。
「はい。両方参加します」
「両方ですね。それでは、試合の前になりましたらお呼び致します。地下にあります控え室と、一階の観戦席、どちらにいらっしゃいますか?」
「一階の観戦席にいます」
「かしこまりました」
選手の控え室は地下にあり、一人に一部屋があてがわれる。観戦席は、一階部分が参加者と関係者とVIPで、二階から四階までが一般の観客となる。
さっそくサツキとミナトは一階の観戦席に向かった。
席について、二階から上を見上げる。
「結構賑わってきたねえ」
「午前の部は、悪さをした魔獣と戦うショーって聞いてるけど、インターバルもそろそろ終わるからな」
「うん。お昼休みが終われば、午後は魔法戦士同士の戦い。コロッセオの目玉だもんね。自分が戦うのも楽しみでわくわくするけど、どんな魔法戦士たちがどんな戦いをするのか見るのも楽しみだなァ」
ミナトの期待する声に、サツキはふっと笑った。
「ダブルバトルは特に見たいよな」
「まだまだ戦い方がわかってないからね、僕たち」
しゃべっているミナトの後ろを、小さな男性が通り過ぎていった。サツキはそれを見て、ちょっとだけ言葉を失う。
「どうしたの? サツキ」
「驚いてさ」
短く答えたあと、数秒して、サツキは再び口を開いた。
「今、俺たちの後ろを通って行った人、人間ではないのかな?」
「なんの話さ」
だれのことを言っているのかもわからないミナトに、サツキは小声で尋ねる。
「小さかったんだ。背が一メートルほどだった。ドワーフなんじゃないかなって思ったんだけど、そういう存在っているのか?」
「いるって聞くよ。ドワーフはルーン地方、特に西部だね。イストリア王国より西かつ北って感じかな。力も強くて身体も丈夫でがっしりしていて、皮膚も硬く、男女ともにひげを生やしている。採掘や工芸の技術にも長けている、だったかな。僕も詳しくないから、間違ってるかもだけど」
「そっか。いるのか」
「でも、ドワーフって人間の多い場所には現れず、山の中の地下に住居を作って生活してるって話なのに、コロッセオの魔法戦士もいるんだねえ」
「やっぱり、めずらしいことなのか」
「うん。エルフとか獣人とかも、人間界にはあんまり姿を出さないって言われてる。獣人なら耳とか尻尾だけ隠して溶け込むこともあるっていうけど、種として数が少ないから、見かける機会もそれだけ少ないんだろうさ」
「へえ」
「
あはは、とミナトは陽気に笑っている。
サツキはのんきなミナトを横目に、ため息をついた。
「俺さ、この世界に来たばかりの頃、
なんの話だろうとミナトは黙って続きを待った。
紀努衣川温泉街といえば、『
ミナトはサツキがその辺りをクコと旅していたときのことをほとんど聞いたことがなかったから、興味もあった。
「ルカに会うちょっと前に、ヒナが天体観測してた。そのとき、うさぎの耳が生えてるから、獣人ですかってクコが聞いたんだよ」
「あはは。ストレートだなあ。さすがはクコさんだ」
おかしくてミナトは笑った。
「そしたら、『そんなわけないでしょ。あんた馬鹿?』って俺たち怒られたんだ」
「怒られちゃったかあ。あれ、カチューシャだもんね」
「最初は俺も本当に生えていると思ったくらいだからな。それで、俺は獣人はよくいるのかって聞いたら、『魔法で動物の姿や獣人になる人もいるけど、そんなのほとんどないわよ』ってヒナが言ってた」
そんなことも知らないから、「あんた、記憶喪失かなにか?」とヒナにジト目をされたものである。そこで初めてヒナの名前を聞いたのだ。
「だから、俺の知らない生物や俺にとっての空想上の生き物もいるんだなって思ったんだけど、ドワーフまでいるとは驚いた」
「まあ、サツキにとってはなんでもありの魔法世界だからね。ここは」
「うむ。それに、空想上の生き物だぞ? 生物の進化とは違った、空想していたそのままの。正確には特徴も異なるんだろうけどさ」
「サツキ、楽しそうだなァ。科学や歴史の話は大好物だもんね」
からかうようにほのぼの笑うミナトに、サツキはちょっと赤くなった頬を膨らませて、ジト目を投げる。
「そ、そんなに楽しそうか?」
「うん」
迷いない首肯を受けて、サツキは顔をそらした。
「まあ、科学ではあっても、歴史じゃないけどな」
「それにしても、ドワーフって強いのかなァ? 気になるなあ」
「…………いや、本当に歴史は関係ないのか? 科学的見地と歴史的見地、どちらからも考えるべき事柄だとしたら……」
「ん? どういう意味?」
「……俺は、急に一つの可能性に思い当たったんだ。
「うん。おおよそ。どの話かはわからないけど、話したことなら」
「俺たちは仮説を立てた。この世界は俺のいた世界の未来で、俺の世界の人類は『空白の一万年』のうちどこかの期間を時空移動した。そんな仮説を」
「立てたね。人類の時空大移動。それによって、気候変動とか過酷な環境になる未来が予測される時期を飛び越えて、数千年以上は時を越えた。人類の多くが次元転換装置を利用し、それら人類が存続したんだっけ」
ミナトはよく覚えている。サツキはいつも、ミナトはふわふわしているからどこまで論理的な話を理解しているものかと思ってきた。しかし、いっしょに強くなるために研究しながら修業したり、前以上にいろいろ深くしゃべるようになって、ミナトの理解力がかなり高いものだと知った。
だから、サツキは遠慮なく言った。
「結論から言うと、ミナトたち現生人類が時空大移動をしていた場合、時空移動をせず過酷な環境とその時期を乗り越えた一部の旧人類は、空想めいた進化をした可能性があるってことだ」
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