25 『セカンド』

「どういうつもりだ」


 エヴァンゲロスはにらむ。声に抑揚はないが、とがめるような口ぶりだった。

 それも当然だろう。

 自分の魔法に対抗できるかもしれない、稀な剣を、戦闘中のこの期に及んで鞘に収めてしまったのである。降参宣言でもするのかと疑う行動だ。

 ミナトはゆるやかに微笑した。


「いやあ、もう一振りの刀のほうがいいかなと思ったんです」

「キミの腰には、もう一本、剣があったか」

「ええ。暴れん坊だが、良い刀なんですよ」


 それは、『よきわざもの』五十振りの一つで、ミナトが士衛組に加入する直前に、王都を訪れたときに手に入れた刀である。人助けのお礼の品としていただいたのだが、譲り受ける際に、奇妙なことを言われた。

 王都にある小さな道場、『さだとみ道場』。

 そこで生徒たちに剣術を教えるさだとみたけぞうは、シワの混じった老いた手に刀を持ち、「見た目は地味で慎ましいが、なかなかの名刀でして」と前置きした。


「扱いが難しく、そのため良業物にしては安く買うことができたものです。名前を『わのあんねい』。どうか受け取ってください」


 差し出された刀は。

 黒い鞘に、黒い柄。

 地味だとタケゾウは言ったが、麗しい気品がある。だが、近寄りがたい不思議な魅力も持っていた。

 扱いの難しさを体現するような輝きに、ミナトは目が離せなくなった。


「一振りすればなにか一つを斬らずにはいられぬ代物です。離れた場所にある物かもしれないし、近くの物かもしれない。斬撃を飛ばすとも違う」

「へえ。おもしろい刀ですね」


 つい、釣り込まれるように手に取ってしまったものである。

 いただけませんと最初は固辞しながらも、


 ――これが物欲だろうか。どうしても返したくない。欲しい。


 ミナトに、そう思わせた。

 別れ際にも、タケゾウはにっこりと笑って、


「気難しい剣ですが、どうか目一杯使ってやってください。ワタシが使えなかった分まで」


 と言ってくれた。

「はい」と答え、以降ミナトは、『あましらぎく』と『わのあんねい』、二本の刀を腰に差すようになった。

 普段、昔からの刀『あましらぎく』を何事にも使い、『わのあんねい』はあまり抜かない。

 ひとたび抜けば、『わのあんねい』はミナトの意思より先になにかを斬っているような、ミナトにすればおかしくもあり面倒くさくもある刀だからだ。

 だが、エヴァンゲロス戦。

 そんな怪刀を、

 ミナトは握った。

 抜く。


「この刀と仲良くなるチャンスって、意外となかったものでしてね。ちょうどいいかなァって」


 バリッと、エヴァンゲロスの鎧に傷がついた。


「な……」


 エヴァンゲロスは小さく口を開ける。


 ――剣を振ったわけでもなさそうなのに、鎧が割れた。圧倒的な速さで、斬りつけていたのか? それとも、斬撃を飛ばすような魔法を……?


 手に持った刀は下げられている。どうしても斬ったようには思えない空気で、ミナトは佇んでいる。


 ――やはり、普通じゃないのはあの剣だ。あの剣に秘密がある。彼の魔法も、オレと同じく剣になにかを宿すものである可能性も考えられそうだな。


 鎧に傷が入ってから少し遅れて、『司会者』クロノもそれに気づいた。鎧の割れるわずかな音のほか、よく目を凝らさないとわからない変化だから、会場の人たちは気づいてもいないだろう。


「なんだなんだなんだー!? いつの間にか、エヴァンゲロス選手の鎧に、傷がついているぞー! 鎧の一部が割れている! これは、試合を観ていた我々に気づく間もなく、ミナト選手が仕掛けていたということでしょうか! 恐るべしだ! できれば、なにがあったか見たかった!」


 会場では、「本当だ」とか、「え、いつの間に……」とか、「なんかあったのか? わからなかったぞ」とか、ざわざわと声が上がっている。

 中には、


「あの子は本気でスゲーぞ! さすがレオーネさんとロメオさんに認められただけあるぜ!」


 と持てはやす人もある。

 シンジも驚いた顔でサツキに聞いた。


「サツキくん、今なにがあったの?」

「ミナトが刀を抜いただけです。抜き方はちょっといつもと違って、居合いでもなく軌道が変わっていますけど」

「てことは、ミナトくんの魔法?」

「いいえ。あの刀のせいみたいです。抜けば、なにかを斬らずにいられないって言ってたので。斬撃を飛ばすのとも違うそうですが、おおよそ斬撃だと思って対応すべきかと」


 本当の斬撃を飛ばす技ならば、ミナトは『あましらぎく』によって成せる。《そら》がそれで、さらに竜巻を起こす技を《そら》という。

 だから、あの刀による攻撃はまた別のなにかだということになる。ただ、似て非なるものでも、斬撃だと思って注意すべきであるとサツキは考えていた。

 ある日の修業中、玄内と話したときも、


「ミナト以外が使わなきゃ、あそこまで危ない剣じゃねえさ」


 とは言っていた。

 実際、サツキが鞘から抜いても剣を振ってみても、斬撃が飛ぶような異常な現象は起こらず、ミナトが『あましらぎく』でいなして払い飛ばしてしまったものだ。

 玄内曰く、


「ミナトの腕があって、無意識な魔力の働きも絡み、あの危険な剣になる。仕組みは違うが……まあ、斬撃と同じような対処の仕方でいい」


 とのことである。

 そして、「知りたければ自分で気づけ」と玄内は言ったのみで、サツキにもミナトにもその正体を教えてくれなかったのだ。

 ここでは、シンジにはかいつまんで、対処の仕方がおおよそ斬撃と同じと思っていいということを告げたわけだった。

 やや助言めいた言い回しになったのも、もしミナトとシンジがマッチングしたらそうするといいという親切心からだ。知らないで戦えば、シンジの魔法|餅《もちはだ》でも受けられずに怪我をするかもしれない。


「ボクの《餅肌》は、身体を餅状にして刃物でも受け止められる。でも、鋭い斬撃には対抗できないんだ。もし当たるなら、気をつけないと」


 サツキも、シンジと対戦したときは剣を受け止められ、さらには刃の部分をべたっとくっつけられてサツキの手から剣を引き剥がされて、苦戦したものだ。そんな汎用性の高いシンジの魔法でも、相性の前には為す術がない。


「あれは特殊な刀ですし、ミナトもどれほど使いこなせているか……。とにかく、ミナトとは当たらないように願いましょう」

「うん。まあ、ボクとミナトくんのマッチングじゃあ、勝負が見え過ぎて盛り上がらないから、たぶん組まれることもないと思うけど」


 と、シンジは苦笑した。

 ここで、エヴァンゲロスが叫んだ。


「いつまでそうしている! よそ見をする余裕があるというのか!」


 どうやら、ミナトがよそ見をしていたらしい。それをエヴァンゲロスが怒っているのだ。


「いやあ、ちょっと考え事をしていたんです」

「考え事だと!?」


 苛立つエヴァンゲロスと穏やかでマイペースなミナト。両者を見て、『司会者』クロノの実況が響いた。


「エヴァンゲロス選手に対して、ミナト選手の挑発が炸裂だー! それとも、天然でそんなこと言っちゃったのかー!? だったら、素直に謝るのも手だぞ。みんなは、大事なときに自分の世界に入らないよう気をつけろよー!」


 ミナトは頭をかく。


「すみません。考え事っていうのはね、この刀についてです。僕自身、この刀の暴れ方ってのがよくわからなかったんで、どういったわけでさっきも鎧に傷をつけたのかと考えていました。でも、なんだかわかった気がします」

「そうか。ならば、見せてくれ。キミとその剣の力をっ」


 そう言うと、エヴァンゲロスは駆け出した。


「エヴァンゲロス選手、動いたー! 正面切って、ぶつかり合うつもりだァー!」

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