78 『バックキャスティング』
ミナトは喉奥で笑った。
瞳が逆光を吐く。
「困るなァ、無理な相談をされちゃァ」
ゾッとするほど穏やかな口辺の微笑を、強く冷たい瞳が対比する。
そのミナトの顔を見て、彼は諦観した。
「交渉決裂か。残念だよ」
「物わかりがよくて助かります」
「そうそう、私には分別があるんだよ。キミはその反対だね。バックキャスティングはわかるかい?」
「さあ」
「未来の結果から逆算すれば、つまり、私の描く未来像へのシナリオを未来から今へと書いてゆけば、私と手を結ぶことがキミを富ませるとわかるんだね」
「富、かァ。いらないなァ、それ」
刃を合わせた状態のまま、空いていた左手で額を押さえ彼は笑った。
「あっはっは。キミは物わかりが悪いんじゃない。キミのような子をなんと言うと思う? わからず屋だ」
「参ったなァ。勝手にいろいろわかってゆく人だ」
「そうなんだ。私はいろいろわかっていってしまうんだね。それで言えば、シスター・ヨセファはもう少し頭が良ければ私の下について世界をわからせてゆける能力者なのだが、彼女もまた、わからず屋だ」
「へえ」
ミナトの適当な相槌に、彼は言った。
「キミも彼女のことはどうでもいいと考えているようだね。わかるよ、そうだね、どうでもいいんだ」
「ええ。そのようです」
「ところで自己紹介がまだだった」
「まだでしたか」
「そうだよね、まだしてないんだ。改めまして、私は見ての通り特別な人間であることからもわかるように、未来を創る人間の一人だよ。名を、
グリエルモは、一種独特の魅力を放つ人物だった。
彼を見た者は、マフィアとも思うだろうし、実業家とも思うだろう。あるいは貴族と対等の権利を持ちうる手腕家と思うかもしれない。
気品ではない身なりの整いが、彼に隠された牙のあることを思わせる。
「士衛組壱番隊隊長、
キンと音を立て、グリエルモはミナトの剣を弾いた。
ミナトも彼から距離を取りたかったから、素直に後退する。
いつ相手が魔法を使って攻撃をしてくるかわからない。
流れるように剣を回して、カッとミナトは納刀した。
「時に、僕をスカウトしたのは成すべき事業があるからといったところでしょうか。僕の剣をも使って」
「キミはわからず屋だが、理解が早い。そうだね、キミの腕があれば私はよりよいシナリオを描ける。描く未来の素晴らしさは変わらないが、シナリオが充実するんだね」
「へえ、すごいですねえ」
相変わらずの適当な合いの手。
だが、グリエルモは気にせず語を継ぐ。
「特に有難いのが、私がこのサヴェッリ・ファミリーなどという低劣な組織から抜ける際、キミの暴力があれば安心安全で楽になるという点だね」
「ほう」
ミナトはわずかに目を細める。
グリエルモの指先が動く。
手の中にコインがあった。
コインをもてあそぶその動きは、あまりになにも見えない。
おそらくミナトほどに目をよくなければ、コインがあることにも気づけまい。
――魔法、かな……? どこで攻撃が飛んできてもおかしくないな。
ささやかな瞳の色の変化から、グリエルモはミナトの警戒を察する。
「目が良い。だがその警戒は無用だ。まだ私は対話を望む。魔法は使わないし攻撃もしない」
「目が良いのはお互い様です。でも、そうだなァ、まだ戦意を見せていないのは信じるが、警戒は解けません」
小さく笑って、グリエルモは言った。
「それもいいだろう」
「はい」
彼の魔法の性質にコインが関わってくるかどうかもわからない。
対話を望み、魔法は使わないとの言葉も真実だろう。
だが、魔法発動の準備だけは進めてゆく。
きっと対話次第で、戦闘の幕が切られる。
ミナトは、戦闘が不可避なことだけ理解していた。
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