132 『インジュアードナイト』

 二人は次のドアノブへと移る。

 ヤエとしてもルカの魔法の説明はわかったし、あとは行動するのみだ。

 ここからは、ヤエが情報を提供する番である。

 スモモから届いた手紙の情報を話しながら、次のドアを通っていく。

紫色ノ部屋ヴァイオレットルーム》で記録しておいたセーブポイントの二つ目。

 ここも特になにもなし。

 ドアノブを取り外して、別のドアノブを設置し三つ目へ。

 三つ目。

 ここにもだれもいない。

 四つ目。

 ルカはドアノブを取って手の中にしまい、また少しだけ歩いて周囲を確認する。

 通りの向こう側を見ながら、ヤエに聞いた。


「次に行っていいですか?」

「ん、ちょっと待って」

「はい」


 ヤエがなんと言い出すのか、なにをするのか、ルカは黙って待つ。

 すると、ヤエは向こうに座っている人を目ざとく見つけて、


「怪我人かもしれんし、行ってみてよか?」


 そんな提案をしてきた。


「……怪我人、ですか。わかりました」


 ルカは感情を出さない。表情に出さない。だが、本当はここは放っておきたかった。

 戦場での怪我人はよくあることだし、さっきみたいな手当を怪我人を見つける度にしていたら、時間がいくらあっても足りない。また空間の入れ替えが起こって、すれ違ってしまうかもしれない。

 それ以前に、ヤエの言うその人が本当に怪我人なのかも遠目にはわからない。


 ――急いでいるのに、ただ座っていて怪我人かどうかもわからない人のために、時間は使いたくないのだけれど……。こんなだから、私は医者には向いていないのかもしれないわね。


 医者には望ましくない精神的な思考とまだまだ未熟な自分の技術力に、少しうんざりした。


 ――でも、落ち込んでいる暇はない。さっさと診て、次に行かないと。それだけじゃない。ヤエさんの治療を見ることも勉強よ。


 ヤエの後を追って、座り込んでいる人の元へと駆けて行く。

 座っていたのは、マノーラ騎士だった。

 年の頃はまだ二十歳くらいだろうか。


「こんにちは!」

「キミたちは?」

「あたしは……あたしたちは士衛組ばい。ちょっと診せてもらってよかと?」

「診るって」

「あたしら医者ばい」

「そうでしたか。お願います」


 ヤエは診療していく。


「うん、体力と魔力の消耗みたいやね。腕の打撲もあるけん、そこだけ治療したら大丈夫ばい」


 あっという間に注射器だけで治療を済ませてしまうヤエ。

 マノーラ騎士の青年は驚いていた。


「すごい……! ありがとうございます! なんだか元気が出てきました」

「ちょっと安静にしときたかとこやけど、無理しなければ大丈夫ばい」


 青年が何度も礼を言って去って行くと。

 ヤエは苦笑してルカに謝った。


「ごめんね、ルカちゃん。急いどーところやったとに、あたしんわがままに付き合わせてしもうて」


 ここで。

 ルカは、とある足音を拾った。

 知っている足音。

 普通の人間のものとはまるで違った、特殊な音。

 相手がだれかわかり、ルカは首を横に振った。


「いいえ。そうした奇特な行いが医者として大事なこともわかりました。それに、その奇特な行いのおかげか、まずは一人、合流できたようです」

「え、合流!?」

「はい、僥倖です。なぜなら、出会えたのは……」


 ルカが振り返ると、ヤエもそちらに目をやる。

 角から、とある人物が歩いてきた。

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