64 『クライシス』

 オウシはマフィアに銃を向けられるが、チカマルに話すのをやめない。足さえ止めなかった。


「個人の力を借りるとすれば、『ヴァレンの羽』ルーチェや『ISコンビ』のリディオとラファエルも悪くない」

「聞いてんのかてめえ!」

「やあああ!」


 チカマルは顔をうつむかせ、叫んだ。しかし、《きょうめいそう》の魔法により声をマフィアたちの後ろで発生させた。

 慌ててマフィア二人が振り返ったところで、チカマルは抜刀した。

 業物『どうあか』を舞わせ、マフィア二人の銃を手から弾き飛ばし、銃を弾いたときの金属音をそれぞれの耳の穴の中で爆音として発生させる。

 これによって、マフィア二人は強烈な金属音が耳の中で響くことで鼓膜が破れて気を失ってしまった。

 そして、カチリと刀を鞘に戻し、チカマルは小さく息をついた。


「な、なんだ今のは……すげえ」


 見ていた通行人が呆然と立ち尽くす。


「オウシ様、失礼しました」


 急いで先を歩いていくオウシの元へと駆けるチカマル。

 たったの十秒ほどでマフィアを倒したチカマルに、オウシは追いついたところで話を続けた。


「リディオとラファエルはチカマルと同い年ということじゃ」

「そうでございますね」

「現状、こうした現場で戦闘が始まればお主のほうが有能とも言えるが、やつらはスモモのように情報伝達が主な仕事となる。もしその上で戦闘までできるようになれば、すぐにレオーネやロメオにも並ぶ天下の偉材となるだろう」

「はい」


 同い年なだけに、自分ではない少年二人が褒められるのが複雑なチカマルだった。オウシもそれは感じ取っているようで、


「しかし、だれにどう必要とされるかは、人の数だけ違いがある。お主はずっとそのままでいてくれよ。わしにとって指先のようになくてはならぬのがお主なのじゃ。ほかと比べるのはやめておけ。お主はわしのことだけ考えよ」

「はいっ!」


 チカマルは瞳をうっすらと濡らしながら答えた。


 ――あえて今このような話をしたわけを、あえて考えるのも無粋。しかし、理由を見つけるならば、オウシ様はこれからの彼らの活躍が目に見えている。彼らは遠くないうちに頭角を現す。そこで、僕が余計な考えを起こす前に言ってくださった。やはりお優しいお方……。オウシ様、チカマルは生涯をかけて尽くして参ります!


 オウシはそんなチカマルの返事だけを聞けばもう満足したように、話を戻していった。


「つまりじゃ。局地戦闘などはゴスケらに任せ、やむを得ぬ時だけわしらも剣を抜けばよい。『ASTRAアストラ』の幹部連中に出会うのは運ゆえ、出会ったやつらが行動を共にすればよい。したがって、わしらは情報を集めればよい」

「となると、我々が集めたい情報は敵の居場所やマノーラに仕掛けられた魔法の詳細把握に解除などでしょうか」

「が、それ以上をやり過ぎると士衛組からの感謝が減る」

「と申しますと?」

「サツキが士衛組の名ですべてを解決するのが最善だからじゃ。さすれば、世界はサツキを讃え、裁判もやりやすくなろう」


 今回マノーラで起こった襲撃事件そのすべての花をサツキに持たせるのがオウシの狙いなのだ。


「では、『ASTRAアストラ』と士衛組には出過ぎず助けるのが肝要というわけでございますね」

「そうじゃ。クリティカルな手助けがしたい。その結果、鷹不二の協力が偉大であることをハッキリ示せることになる」

「鷹不二があればこそ、士衛組が名を上げられたと自覚していただくのですね。ただただ表立って鷹不二が解決するより、よほどサツキ様方は頭が上がらなくなりそうでございますね」

「そうした意味では、今回わしが戦う相手は『ASTRAアストラ』と士衛組、そしてスサノオになる」

「確か、スサノオ様もマノーラに」

「やつらに士衛組を取られたくないからの。それが一番おもしろくない」


 言われて、未来に士衛組がスサノオ率いるたけノ国と同盟することを考え、チカマルは背筋がゾッとした。まだ小さな組織であるはずの士衛組、しかも『ASTRAアストラ』に比べてそれほど意識すべきかと思った士衛組。それなのに、士衛組はチカマルに嫌な予感をさせるほどの力が眠っているとも言えるし、オウシの読みの素晴らしさへの喜びが身震いさせたのかもしれなかった。


「チカマル。この戦いは、軍事ではなく政治だと心得よ。わしらはただ戦うのではないからの」

「はい。かしこまりました」

「しかし、まさかこれほど急に重大な局面がやってこようとはのう。やつとは今回一戦することになるぞ」

「やつとは、まさか……」

「りゃりゃ。これも政治じゃ」


 かくして、オウシとチカマルは影での仕事をしてゆくのだった。

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