80 『トライアタック』

 ミナトの抜刀と同時に、カッという音が響いた。

 たとえるなら、フライパンを硬い石で叩いたような音だった。

《ダイ・ハード》で硬くなったスコットの鎧を、空間の輪郭で斬りつけた。そういうシチュエーションだったのだが、ミナトが《くうざん》によって創り出した亜空間は、ある種の硬度があったと思われる。

 それゆえに、ミナトが初めてこの技を使った相手・エヴァンゲロスの剣は折られて彼は敗北した。しかも、その剣は通常の剣ではなく、そこに魔法をまとわせて、あらゆる武器を破壊してきた強さを持つ。

 そのエヴァンゲロスを剣もろとも斬った技が、スコットの鎧を斬りにかかったのである。

 しかし、結果はその試合とはまるで違った。

 スコットの鎧に、《くうざん》は効かなかった。


「今、斬撃を飛ばしたのか? いや、それとも違う。衝撃波とも違うなにかが、オレをえぐりにきた感じだ! だが、オレにその技は通じない! その威力は、オレには届かないぞ!」

「へえ。すごいですね。驚きました」


 さらに、二度三度と《くうざん》を放つ。

 衝撃音だけがカッ、カッ、カッと響くが、やはりスコットの鎧は傷一つつくことはない。


「まいったなァ。無敵ですか」


 ミナトはまったく困った様子もなく微笑み、カチンと刀を収めた。


「ミナト選手の《くうざん》がスコット選手に直撃したー! だがしかーし、スコット選手の鎧は無傷! 全然効いていなーい! 強いぞ、スコット選手! なんという硬さだー!」


 クロノの実況に、スコットのファンたちが喜び大声で応援する。ミナトに対しても、


「それでこそオレたちのスコットだ! あんなせいじんなんざ一ひねりにしちまえー!」

「スコット愛してるぜ! ルーキーにしてはよくやったが、やっぱスコットは最強なんだ!」

「『破壊神』の強さを見せてくれー! 生意気なルーキーが破壊されるまで、あと何秒だー?」


 と煽るような声もする。

 こうした観客たちの声も、スコットとミナトは気にしない。互いから目を離さない。

 またいつでも抜刀できるよう、刀に手をかけながら、ミナトは考える。


 ――やるなァ。でも、もっと強く、もっと速く剣を振ったらどうなるか、試させてもらおうかな。


 まだミナトは、《くうざん》の本質を理解しきれていない。

 だから、刀を振る強さや速さでも威力の影響が出るのか、試したことはなかった。

 前回のエヴァンゲロス戦ではそのまま斬れたこともあり、今度はこの技を理解したいと思った。


 ――いつまでも、サツキにばかり分析を頼っていてはいけないもんね。いざってとき、考察力が足りずに負けるなんて嫌だ。


 まず、強さで斬ってみる。


「《くうざん》」

「ふんっ!」


 スコットは力強く仁王立ちをしたまま、攻撃を受ける。


 ――なんの反応もないってことかな? 鎧に傷は……見られない。


 五回ほど、《くうざん》を放ち、ミナトは刀を収めた。


 ――なら、今度は速さだ。


 また抜刀する。


「《くうざん》」


 ここでも、五回の《くうざん》を繰り出す。


「効かん!」


 ガン、とスコットはバトルアックスの柄を地面に突き立て、険しい眼光でミナトをにらんだ。


 ――あはは。これでもダメか。硬い。硬すぎるなァ。速さと強さ、どちらも威力に変化をもたらすような感じはするけど、スコットさんには足りないか。


 ミナトは刀を収めるが、一瞬のうちにまた抜いた。


「《くうざん》」


 これが最後だ、と思い最速の抜き打ちをする剣を振ってみた。

 三メートル前進しながらの一撃。

 まだスコットとは十メートルは距離がある。

 刀はすでに鞘に収まっている。

 スコットを見る。

 だが、鎧に傷は見られなかった。


「いやァ、硬いですねえ。でも、僕の攻撃はまだ終わりじゃァありませんぜ」

「……ふん! まだ続けるつもりか。無駄だ」

「そりゃあ勝てるまで続けないと」


 眉間にしわを寄せ、スコットが聞く。


「ならば……一本では足りないからといって、もう一本を使うつもりか?」

「いいえ。《くうざん》はこの『わのあんねい』じゃないと使えない技です。だから、次の技でいきます」

「次も『わのあんねい』とやらで来るか」

「はい。今度は直接叩き込む。覚悟してください」


 ずっと変化もなく堅苦しかったスコットの表情が、ほんの少しだけ変わったようにミナトには思った。ニヤリとしてみせたような、そんな微才な変化だ。


 ――直接なら防御するだけじゃなくて、返り討ちにもできるってことですかい? でも、僕にも試したいことがある。そんな簡単にはやられるつもりはありませんぜ。

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