28 『無知者への粛正』

 巨大なハンマーがぐおんとうなった。

 二メートルはあろうかというハンマーを軽々と振り回した騎士は、得意げに声高な挨拶をする。


「邪魔をするならおまえも敵だ! この『マッスルガイ』キリヒ様に逆らうとどうなるか、思い知らせてやる」



 ミナトは現在、騎士を前にしていた。

 ケイトとカルハザード記念碑へと向かう中、妙な喧噪を聞きつけ、駆けつけて来てみれば、少女とすれ違った。逃げるように駆け去る少女を見送り、角を曲がると、おかしな騎士たちに遭遇したのだった。

 盗賊かとも思ったが、名乗るからには騎士なのだろう。何度か見かけたアルブレア王国騎士のマークもある。


「すごいなあ。あんな大きなハンマーを振り回して」

「だろ?」


 褒められたと思ったのか、キリヒはうれしさを滲ませる。


「ええ。これで強ければ、こんなところじゃなくて僕からうかがってお相手願いたいほどです」

「なん、だと!?」

「?」


 にこりと小首をかしげるミナトを、キリヒは怖い顔でにらみつける。

 すかさず、取り巻きの騎士がおべっかを言う。


「落ち着いてください、キリヒ様。これはあれです。キリヒ様の強さを見てみたいという願望ですよ」

「おい、ベッカオ」

「はいはい」

「要は、早くオレと戦いたいってことでいいんだな?」

「僕はさっきからそう言っていますよ」


 涼やかにミナトが答えると、キリヒは煮えたぎっていたものを抑えるように言った。


「そうか、ならばいい。オレとしたことが、弱いと言われてるかと思ったぜ。オレがまだ騎士団長じゃない劣等感とかじゃねえ、ただ、ちょっとした勘違いってやつだ。そうだ、そうだよな。この重さの……百キロもあるハンマーを振り回すオレを見て、弱いと思うわけねえよな、ぶはあはっ」


 楽しそうに笑うキリヒ。

 その背中をベッカオがさする。


「やめろ、笑っただけだ」

「それはようございました。むせたのかと」


 ミナトに向き直って、ベッカオは続ける。


「そういうことだ、相手になれ。そして、キリヒ様の強さを目に焼き付けろ。いや、一度攻撃を受けたら、気を失うどころか骨さえ粉々になりぺしゃんこになるだろうがな」


 ミナトはにこやかにハンマーを見る。


 ――へえ、百キロかァ。あんなのを振り回すなんておもしろそうだ。


 キリヒは言葉を紡ぐ。


「オレの魔法は、《無重量感ヘビー・ノーセンス》。どんなに重い物でも持ち上げることができる。だが、重さがなくなるわけじゃねえ。オレが重さを感じることなく、筋肉に負担をかけることなく、軽々と持てるってわけだ」

「どんなに重い物でもですか」


 相手の魔法に対して、驚くでもなく怖がるでもないミナトに、ベッカオは補足してやった。


「正確には、最大で三百キロまでだ。だが、二百キロを越えた段階で地面への負荷が大きくなるから百キロにとどめているんだ。足裏に圧力が集中してしまうからな」

「細かいことはいい! 今それ言ったら、オレが見栄を張ったみてえだろうが」

「すみません。本当は百キロが限度なのかと思われてもシャクだったので」

「おう、そうか」


 ベッカオは口の横に手を添えて、


「よっ、キリヒ様! 腕力世界一! 『マッスルガイ』はあなただ!」


 おべっかを言う。

 それを真に受けるように、キリヒはニヤリとした。


「うおおお! 力が湧いてくるぜ! ! おまえの《有頂天突破リフトアッパー》はサイコーだ、『もうじゅう使つかい』地預別顔チアーズ・ベッカオ! オレの力が最大限に発揮されるぜ」

「まだ戦ってもないのに」


 発揮されるもなにもないだろう、とミナトは思うのだが、キリヒはとてもうれしそうにしている。


 ――やっぱり、魔法なのかなァ。


 すると、これについても『猛獣使い』ベッカオが煽るように教えてくれた。


「キリヒ様の力は最大限に引き出されている状態だ。おれの魔法《有頂天突破リフトアッパー》は、おべっかを言われて持ち上げられた人間がそれを真に受けると、本来その人が持っている実力を100パーセント発揮できるようになる」

「おお」


 とミナトは興味を持つ。


「人間はどの分野でも自分の力を30%程度しか使えない、ってのがおれの持論でな、人間って生き物は怪我をしないよう自然に力をセーブしてしまう。だから、ほうほど実力を発揮できるんだ。賢いなら賢いでいいが、中途半端な阿呆がもっともまずい。そこへ来ると、このキリヒ様は立場も努力も魔法もすべてが中途半端だが性格だけは単純にできていて――」

「おい、ベッカオ。黙れ」

「はい。それはもう」

「そういうことだ、わかったか!」


 挑発的に、かつ勝ち誇ったようにキリヒに言われて、ミナトはあごに手をやって考えた。


「なるほど。わかりました」


 ミナトはだんだんと彼らが憎めなくもなってきた。

 ただ、盗賊ではないとはいえ、街の風紀を乱すのを放ってはおけない。

 早々に片づけるに限る。


「僕は魔法など使いません」


 ――この人たちには、ね。


 心の中でつぶやき、ミナトは腰の刀に手をかけた。


「だから、どれほどの力なのか、僕に見せてください」

「ホントにわかってんか? オレの最大パワーだぞ? わかってねえ顔だぜ、それは。じゃあ見せてやるよ! オレのパワーをな! ぬううううううう!」


『マッスルガイ』キリヒは叫ぶと走り出した。

 ミナトへと一直線に突っ込んで来る。


 ――なあんだ、これじゃあどうも……期待外れじゃないか。


 巨大なハンマーが振り回され、走り込んで来たキリヒがミナトに上から叩きつける。

 カキン

 引き抜かれた刀が綺麗な音を鳴らし、ハンマーを受け止める。


「な!」

「……」

「なに!?」


 驚くキリヒに対し、ミナトは表情ひとつ変えない。


「おま、ちょ、この百キロのハンマーをどうして受けられる!」

「どうしてって、こんなに遅くちゃ当然のことです」

「オレは最大パワーを引き出し、ハンマーは百キロだぞ!? おまえのその身体に、どんだけの力があるんだよ」

「鍛えていますから」


 キリヒはぶおんとハンマーを振り回して下げて、今度は横から打ちつけるように振るった。


「これならどうだ!」


 また、カキンと音を鳴らしてミナトは刀で受けた。

 右手の刀の力だけで受けている。

 それがキリヒにとっては信じられない光景だった。


 ――嘘だろ!? おい、百キロの物体がこのオレの力で殴りかかってきたのに、どうして受け止められるんだこいつは! 押しても、びくともしねえじゃねえか!


 力を加えてもぴくりとも動かない。

 ミナトは空いていた左手でハンマーの棒状の部分を握った。


「な、なんだ!」

「本気ですか?」

「う、うるせえ! ぬううううううう! なんでなんだあああ!」

「遅いのがいけない」


 そう言って、ミナトはハンマーを持ち上げる。キリヒごと地上に浮いて、それを振り回してハンマーから手を離してしまったキリヒをそのまま吹っ飛ばした。


「うそだぁあああ!」


 キリヒは壁にぶち当たって、気絶してしまった。


「力がご自慢のようだったが、あんだけ遅いと力も乗らないってものだ。あれを自在に振り回せて初めて楽しい勝負ができる、かもしれない……残念だ」


 ベッカオは声を震わせて、


「そ、そんな腕力を隠していたなんて……魔法すら使わずに、どこにそれだけの力が……」

「百キロの物を持ち上げるのに、特別な魔法なんて使いませんよ。僕は剣の高みを目指している。刀を持つのに握力は必要でしょう?」


 ――腕力は僕の課題の一つなんだけど、前よりちょっとは鍛えられてるのかなァ……。


 ミナトはハンマーを捨てると、残る騎士たちに言い放った。


「では、残りの方々は見るべきところもないようで。時間はかけません」


 銀色の刃が月明かりにきらめく。

 目の前でうろたえる騎士九人。

 それらを一刀に、ミナトは刹那に切り捨てた。

 九人はひとつ息をつく間に倒れ伏していた。


「命は取らない。捕縛するだけですよ。あ、フウサイさん。助けてください。僕、縄を持っていませんでした」


 スッとフウサイが出てきて、苦笑した。


「見事でござった、ミナト殿。あとは拙者が」

「すみませんお願いします」


 ものの数秒でフウサイが十人の騎士を縛り上げた。そして、《ふうじん》の魔法で風に消える。

 ミナトはにこやかに風を見上げて言った。


「いやあ、フウサイさんこそお見事です」

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