15 『わたしを捕まえるには五年早いかな』

 ナズナとチナミは、屋敷内にいた。

 チナミが周囲に注意を払いながら言う。


「屋敷の中。探そう」

「お昼ごはんを食べるために屋敷の中を歩いていたら、サツキさんとクコちゃんに、会って……頼まれたから……がんばる」

「だね。サツキさんから、あとは中を探して欲しいと言われた。たぶん、サツキさんたちとは違う視点から探して欲しいってことだと思う」

「うん。外より、隠れてる人……多そう、だもんね」

「外は玄内先生とバンジョーさんに任せていいしね。ナズナは、どこに忍者が隠れてると思う?」


 少し考えて、ナズナはつぶやく。


「お部屋の、どこか……かな」

「妥当だね。でも、具体的にはわからないか」

「うん」

「私もあんまりわからない」


 と言いつつ、チナミは壁の下半分だけのどんでん返しを発見し、くるっと回転して中に入る。

 別の廊下に出た。

 ナズナもマネするが、逆回転じゃないと入れないから一旦もたつき、それからチナミのいるところへ行った。


「チナミちゃん、よく気づいたね」

「なんとなく。今のは見た目がわかりやすかった」


 ちょっと歩いて、二人は足を止める。


「道の先に、忍者……」

「いや」


 チナミはとことこ歩いて行って、廊下の突き当たりで立ち止まる。


「これは絵。だまし絵」

「そ、そっか」


 忍者に遭遇したと思ってびっくりしていたナズナは、忍者がただの絵だとわかり安堵していた。

 ふっとチナミが後ろを見る。


「どうしたの?」

「こっちに気を取られるのが普通。だから、逆のほうに仕掛けがあって、逃げたり隠れたりできるかもと思った」

「なるほど……」


 引き返して、突き当たりの壁を確認する。

 しかし、二人がいろいろ触ってもなにもなかった。

 再びだまし絵の前に来て、チナミは立ち止まる。


「……」


 先へ行こうとしていたナズナが足を止め、聞いた。


「なにか、見つけた?」

「ううん。なにも。でも、なにかあるような気がして。行こうか」


 二人が歩いて行く。

 が。

 そのとき、チナミの耳が音をキャッチする。


 ――紙のすれる音?


 懐から『せきせいざん』と書かれた扇子を取り出し、ふわっと舞わせた。


「《疾風はやて》」


 突風が吹き、風が廊下を走る。

 すると、だまし絵のはす向かいの壁――すなわち九〇度の位置の壁が、ピラッとめくれた。

 紙は二枚ある。


 ――二枚? いや、あれは……。


 チナミは駆け出す。

 一枚目の紙は風に舞うが、二枚目が姿を変え、人型になる。


「やるね。《じゅつ》、破られちゃったか」


 くノ一だった。

 年は十七歳になる。チナミやナズナよりも五つ上で、もちろん二人と同い年のフウカよりも五つ上。だが、そのフウカと少し似ている。背は高く一七〇センチくらい。


 ――おそらく、彼女がフウカのお姉さん。


 そこまではチナミにもわかったが、動きでこのくノ一に勝てるかは怪しい。

 駆け寄るチナミをかわすようにくノ一も走る。


「フウカを捕まえたんだね。すごいじゃない。あ、わたしはフウアン。よるとびふうあんよ。フウカの姉でフウサイ兄さんのいとこなの」


 しゃべりながら逃げて、さっきチナミとナズナが使ったどんでん返しで姿を消す。

 チナミは、どんでん返しの仕組みを知っていた。


 ――半回転しかしない。追うからには、ちゃんと逆回転で入って時間のロスをなくす。ただ、入れ違いされたら……ナズナだけでの対応は難しくなる。遅れて戻った私との挟み撃ちなら、なんとか……。


 数秒遅れでチナミもどんでん返しから侵入。

 すぐに声をかける。


「ナズナ、そっちにいる?」

「うん。わたしは、こっちにいるよ」

「違う。フウアンさんは?」

「い、いないけど……」

「?」


 思わずチナミは言葉を失った。


 ――じゃあ、こっちにいるはず。なのに、いない……。


 チナミはまた扇子を舞わせた。


「《疾風はやて》」


 しかし、突風を吹かせてもさっきみたいに紙がめくれるようなことはなかった。

 ナズナがカタカタやってどんでん返しから入ってきて、


「チナミちゃん、フウアンさん……いた?」

「いない。逃げられた」


 あの時間差ですぐに入れる部屋もない。

 他にどんでん返しも見当たらない。

 まだ半分回転した状態になっている扉をチナミは調べる。ナズナが入るときに触った面に、フウカが貼り付いている可能性を考えたのである。しかし、紙などなかった。

 わずかに外の光が漏れている壁を見つける。


「?」


 そちらへ向かって歩いていき、チナミはしゃがむ。

 その壁は小窓のような大きさで、人がひとりやっと入れる程度でしかない。壁を丹念に観察して、押してみる。


「開かない。でも……」


 横につかえている木が上下に二つあり、それが仕掛けのようでもある。


「落とし段……」


 前に聞いたことがあった。ドアに利用されるデットボルトのように、突出した木材が錠になる。


「これを、懐紙とかで上げてあげると」


 懐から取り出した懐紙で木材を上げ、解錠する。

 戸を押すと、右側を支点に戸が開いた。


「そんな仕掛け、あったんだ……」


 驚いているナズナに、チナミは話す。


「昔、おじいちゃんに教えてもらったことがある。おじいちゃん、忍者の友だちがいて」

「すごいね、チナミちゃん」

「すごいのはこの仕掛け。私は、取り逃がした」


 ナズナはなぐさめる。


「しょ、しょうがないよ。フウアンさん、たぶん一流のくノ一さんだから……」

「そうだね。あのフウサイさんのいとこだし。切り替えよう」

「うん」


 にこっとナズナが笑った。

 チナミの冷静さは常にあるものだが、それは感情のコントロールのうまさの反映でもあった。切り替えがうまいのである。ただ淡泊でクールなわけではない。


 ――あの魔法、《じゅつ》は身体が紙状になるものとみていい。フウカがやったみたいな《かくれじゅつ》で背景に擬態するとき、フウアンさんは自身の身体も紙のように薄くすることで、本当に背景と一体化しているように見える効果があるとみた。横からでも見破れないのが強み。次は捕まえる。


 再び、チナミとナズナはさっきのどんでん返しを通って、道なりに進んだ。

 この仕掛け戸のすぐ上では、ぺらっと紙がめくれてフウアンが姿を現した。

 着地し、にこやかにつぶやく。


「うん。かなり筋がいいね、あの子。でも残念。最初の突風を受けて紙がめくれたのは布石。本当はあれくらいの風力なら耐えられるんだ。この部屋にはもういないって思ってくれたみたいだね」


 こうしてチナミは、突風を吹かせて反応がないから逃げられたものと判断し撤退した。まんまとフウアンの策にハマったわけである。


「フウカは捕まったみたいだけど、わたしを捕まえるには五年早いかな」

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