14 『キミを見込んで頼みたい』

 池の中に浮く竹を発見したクコ。

 これについて、サツキは思い出す。


「そういえば、水中に隠れ、この竹筒で呼吸する術がある」

「いわゆる《すいとんじゅつ》ね」


 とルカ。


「うむ。ただ知っている者にはわかりやすいから、それをおとりにする可能性もある」

「おとり、ですか?」


 クコの問いに、サツキはうなずく。


「竹筒に気を取られてしゃがんだりしているところを、後ろから攻撃したり、とか。やろうと思えばいろいろ考えつくだろう。でも、攻撃はしてこないと言っていたし、ここは大丈夫だと思う」


 お湯を流し込むいたずらをするコントなんかもテレビで見たことがあったが、言っても伝わりにくいだろうから口には出さない。

 サツキは歩いて行って、竹筒の先を左の手のひらで押さえて塞いだ。


「これを使って呼吸するのは難しいんだ。充分に空気を取り込めないし、塞がれたらあまりもたない」

「なるほど!」


 クコが嬉々として待つが、一向に忍者は水中から出てこない。


「おかしいぞ」


 不審に思ってサツキが竹の筒から手を離そうとすると、竹が手から離れずそのまま筒が引き揚げられた。


「じゃあ、下の影は……」

「わたしたちも潜って捕まえますか?」

「あっちよ」


 ルカが指差すと、池の中に泳ぐ影が見えた。ここから離れた場所である。


「《うつせみじゅつ》。つまり、この影はフェイク。本人は竹筒を抑えられた瞬間から身代わりを残し、泳いでいたんだ」

「追いかけましょう!」

「うむ」


 三人が追いかけて行く。


「私に任せて」


 ルカが手のひらを向けると、池と地面の境目にザァッとまきびしが出現した。地面から浮き出すように出てきたのは、《お取り寄せ》の魔法によるものである。

 泳いでいた青年忍者が水面から顔を出して苦笑した。


「やるなあ」


 平泳ぎで進行方向を変える。

 サツキは竹の筒を手から取ろうとして取れないでいる。


「魔法だろうか。取れない。このままやるしかなさそうだな」

「おれを捕まえたら、取り方を教えてあげるよ」


 泳いでいる忍者はにこっと微笑みそう言って、橋の下に向かう。


「なら、捕まえるだけだ。ルカはここで待機、クコは橋へ」

「わかったわ」

「はい」


 サツキは指示を出し、池の反対側に回り込む。

 その間にも、忍者は橋の下にたどり着くと、橋に隠していた円状の木の板を取って足にくくりつけ、橋に手をかけながら水上に立つ。

 橋の上からなんとか手を伸ばしてタッチしようとするクコだったが、それは届かず。


「《ぐもじゅつ》」


 これによって忍者は水上をすいすい走る。

 サツキは忍者のいるほうへ帽子を投げた。

 そして、サツキ自身も数歩助走をつけて走り、帽子に向かって飛ぶ。


「膨らめ! 《ぼう》」


 帽子が空中で一時停止したところに足をかけて足場とし、膨らむ《ぼう》の効果で忍者へと跳ねた。

 サツキの思わぬ動きを目の当たりにした忍者が、目を大きく開いた。《ぐもじゅつ》の使用中は素早く機敏な移動ができず、避けることができなかった。


「捕まえた」

「そんなこともできるのか」


 サツキは忍者に触れると、また自分のほうへと向かって飛んできた帽子を蹴り、橋の上に着地した。

 振り返り、くるくると回転しながら戻ってきた帽子をつかむ。

 帽子をかぶり直し、橋を渡って行った。青年忍者も池から地面に上がって、やってきたサツキに優しく微笑んだ。


「参った。よくやったね」

「ありがとうございました」


 サツキが答えると、青年忍者はにこやかに名乗った。


「おれはしまばらふうぜん。フウサイの兄貴分みたいなものかな。まあ、忍者の腕はフウサイに及ばないけどね。年はフウサイより八つ上で、今年二十七になる」


 フウゼンはさわやかな笑顔の青年で、穏やかな空気感に包まれている。背は一七八、九センチほどで、肩にかかる長さの髪を後ろで束ねている。


「キミたちにならフウサイを任せられそうだよ」

「そう言っていただけてうれしいです。あ、わたしはあおといいます。そして、こちらが……」


 と、クコは自分たちの紹介をしていく。

 自己紹介が終わると、サツキはおずおずと左手を前に出した。竹の筒がくっついているほうの手である。


「あの。これ、やっぱり魔法ですか?」

「取ってあげないとだったね。うん、魔法さ。《にかわつなぎじゅつ》といって、接着剤みたいな効果があるんだ。これは熱に弱いから熱するといい」


 フウゼンはサツキの手の竹筒に池の水を入れた。竹筒の反対側を自らの手で押さえて、それから、手際よく草を取りだし、石を打ち鳴らして火をつけ、草にその火を移す。手に持った火種を地面に落とし、竹筒の側面を炙っていく。


「ちょっと待っててね」

「そうか。竹は水が入っていれば燃えないんでしたね」

「よく知ってるね」


 水が温かくなって、ついに手から竹筒が離れた。


「ありがとうございます」

「これで四点目、かな?」


 ちらとフウゼンが頭を振り返らせる。庭には掲示板が建てられており、そこにはクナイが三本刺さっている。現在サツキたちが受けている試練の得点の数だけクナイが刺さることになっていたのである。

 そして、そこに、どこから狙ったのか、サツキもクコもルカも把握できない場所から、ストン、とクナイが一本投げられた。これで四本目、つまり四点目が加算されたことを示した。

 クコもフウゼンに視線を誘導されて確認してから答える。


「ちょうど加算されましたね。わたしたち三人は、フウガさんとフウビさんを捕まえたので、他の組が取った分と合わせると四点です」

「いいペースだね。あと三点、キミたちならやれるよ。頑張ってね」

「はい! 頑張らせていただきます!」


 クコが拳を握ってやる気をみなぎらせる。

 ふと、フウゼンがサツキに言った。


「キミを見込んで頼みたい。フウサイを連れ出してやってくれ。あいつの才能をさらに引き出すには、この里じゃ小さすぎる。不器用だけど、まっすぐなやつだから、なんだかキミとは気が合うんじゃないかって思うんだ」

「はい。頑張ります」


 うん、とフウゼンは優しくうなずいた。

 かくして、サツキたちはまた忍者探しを再開した。

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