20 『桐村我門は殺気を抑える』
『
そんなことなど知らない板前のケイゾウは、ピカピカの笑顔で彼に寿司を出す。
「へいお待ち! ハナダズワイガニのカットロール寿司だよ!」
「メラキアっぽいでごわす」
ごわごわ、とむさぼるように口に入れて、ガモンは咀嚼する。
「うまいでごわす!」
「そりゃよかった。ほかに食べたいもんがあればなんでも言ってよ、お客さん」
ケイゾウは笑顔でそう言った。
このあと、バンジョーとガモンは話が弾んだ。
「へえ! バンジョーは料理を極めるために世界中を旅してるんでごわすか!」
「おうよ! ホントは武蔵ノ寿司を極めようと思って王都に来たんだけどよ、修業にはメチャメチャ時間がかかるって言うじゃねえか。オレはもっと学んで吸収したいことがたくさんあるから、泣く泣く諦めたんだ」
「研究熱心なことでごわす」
本当にボロ泣きまでしてたもんな、とサツキは思う。
すっかり打ち解けたガモンとバンジョーだが、二人が話すばかりで、サツキはまったく口を開けない。クコは相槌を打ちもするが、ルカも無言だった。
「クコとサツキとルカはなんで旅をするでごわすか?」
聞かれて、ルカが即答した。
「私は自分が変わるためです」
「変わる、どん?」
「サツキと出会うまで、私はずっと変われない自分が嫌だった。でも、サツキと話をしてみて、旅をすれば変われると思った。私は私を見つけられると思った。私は医者を目指して勉強をしながら、変わるために旅をしています」
答えを聞き、ガモンは大きく手を叩いた。
「いい! いいでごわす! いやあ、おいは気分がいいでごわす」
「いいのは気分の話かよ! なっはっは」
「気分もいいが、答えがいい! そういうことどん!」
「そっか!」
「なっはっは!」
「ごわっはっは!」
ガモンとバンジョーが馬鹿笑いする。
今度は、クコが口を開いた。
「わたしは、詳しいことは言えないんです。ただ、取り戻したい大切なものがあって、旅をしています」
「……」
急に、ガモンは笑いが収まった。
サツキはなにか嫌な予感がする。
――なんだろう。この人の空気の変化。おかしい……。
神経がピリピリしてきたサツキは、ガモンの表情を観察する。
「ごわァ!? 今、なんと言ったどん……?」
「はい、わたしは……」
言いかけたクコを遮るように割り込み、サツキは話題を変えた。ほんのわずかな軌道修正である。
「すみません。俺たちは今、人を探しています。玄内先生という方です。知ってますか?」
「知らんでごわす」
そうですか、とサツキは息をつく。
「ルカの魔法の先生でもある方です。俺もその人からいろんなことをたくさん学んで、強くなりたい。進化したいって思ってます。成長したいんです」
「おお! 進化!」
内心で、サツキはびくりとした。
ガモンはまた一転、明るい声で言った。
「いい心意気どん! サツキは努力家どん」
これにはクコが言う。
「はい。毎日修業をかかさず、めきめきと成長しています」
なぜか、ガモンがクコを見る目には笑みがない。それにクコは気づいておらず、サツキのことを褒められたことでうれしそうにしている。
サツキはまだ先程のガモンのクコへの敵意のようなものが気がかりだった。しかし、ガモンは今、機嫌が戻っている。
――どうも俺とルカとバンジョーは、ガモンさんに気に入られたらしい。クコは……なんでだろう、ガモンさんの怒りを買った……?
ガモンは噛みしめるように言う。
「進化、いいものでごわす。成長は素晴らしいものでごわすよ。いい人らに会えたから見逃すでごわすが、そういえば、おいは今日、おかしな話を聞いたでごわす。もしかしたらメラキアなんかでは新しく概念が変わって来てるでごわすかな?」
「なんの話だ?」
聞き返すバンジョーに、ガモンが言った。
「地球が太陽のまわりをぐるぐる回ってると言う娘がいたでごわす。メラキアではどうなってるどん?」
「なんだそんなことか! メラキアでも回ってんのは太陽のほうだってみんな言ってたぜ?」
サツキは呆れたように言った。
「みんな知らないのか。天動説など、過去の遺物だ。あ、いや……」
口にして、サツキはまた余計なことを言ったと気づき口をつぐむ。
だが、ガモンは愉快そうだった。
「そいつはいいことを聞いたでごわす! まあ、それが証明されるのがいつになるのか、あの娘に期待してやるでごわすが、これはほんまにおごってやらないといけないでごわすな! ごわごわごわ!」
楽しそうに笑うガモンの口ぶりから、サツキは一つ情報を得る。
――
また、情報ではないが、ガモンについても知ったことがある。
――ガモンさんの中では、メラキアが最新のものを生み出す場所って認識があるようだ。だからジーンズなんてはいてるわけだが。
そこまではわかったが、肝心のクコへの敵対心のようなものの原因はわからなかった。
サツキは席を立つ。
「そろそろ行こう。宿を決めないと。修業もしたい」
「偉いでごわすな、サツキ」
これにはなにも言わず、サツキは仲間たちを見る。最後にクコが目の前に残った寿司を口に入れてお茶で流し、席を立った。
「サツキ様。わたし、ずっと変わ……」
「クコ。まずは出よう。次のお客さんも待ってる」
「そうでした。では、ごちそうさまでした」
ケイゾウは愛想よく送り出してくれる。
「まいど! またおいで! 絶対おいでよ! ね?」
サツキたちの去った店内で、ガモンはケイゾウに言った。
「今日はいい四人に会ったでごわす。常に高め、進化しようとする。それは簡単なことではないどん」
「そうだねえ」
――四人とも、おいしそうに食べてくれたなあ!
ケイゾウの思っている四人とガモンの言った四人は、もちろん違う。
ガモンは目を落とし、クコの顔を思い出す。
「だが、あいつは許せねえどん……」
ガモンの瞳が、ギラッと光る。
――最後にも、ずっと変わらないとか言いかけやがったどん……。ああいう輩がいるから、晴和王国は腐る……世の中がよくならないどん!
ぼそりと漏らしたガモンの声を、ケイゾウは聞き取れなかった。
「なんだい?」
「こっちの話でごわすよ。ごわごわごわ!」
ガモンは笑い飛ばした。
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