179 『ファースター』

 名刀。

 これだけサイズ差のあるバスターソードとぶつかり合い、まるで揺るがぬやいばはまさしく名刀の強さだった。

 いざなみなとという剣士の実力もある。

 それらが合わさった剣は、どんな盾をも打ち破るとささやかれたジェラルド騎士団長のバスターソードとまったくの互角であった。

 いや。

 本来の実力は、まだジェラルド騎士団長のほうが上に違いない。

 ジェラルド騎士団長の受けたダメージは大きく、利き腕の右側を切り裂かれている。


「フ」


 ミナトは笑った。

 この状況、力比べを五分五分に持ち込み、思わずこぼれた笑みだろうか。おそらく、違う。もっと楽しげな、余裕のある微笑みだ。

 次に来るサツキの攻撃、掌底に備えようとしたとき。

 この神速の剣士は消え去った。

 どこに消えたのかはわからない。

 考えていない。

 考えない。

 今はしろさつきに集中する。

 掌底の形が、このあとの軌道すべてが完全に決まった。

 そこまで見極めて、ジェラルド騎士団長はバスターソードを振るった。


「ゼェアァッ!」


 バスターソードは豪速を鳴らし、サツキに迫った。

 時間にしてコンマ一秒もあるかどうか。

 しかし。


 ――なに!?


 サツキが消えた。


 ――我が《賽は投げられたアーレア・ヤクタ・エスト》の前では、いかなる選択の修正も不可能! 投げたサイコロを振り直すことはできないはず! なのに!


 どこに消えた?

 それになにより、なぜサツキが消えることができるのだ?

 この一瞬でジェラルド騎士団長の思考を高速で駆け巡る疑問たちに、次の一瞬で答えが差し出される。

 ジェラルド騎士団長のバスターソードが、今度は右側へと振られる。

 右側に現れたのだ。

 現れ、攻撃してきたのだ。

 それを《賽は投げられたアーレア・ヤクタ・エスト》が察知し、身体が反応してオートマチックにバスターソードが振られているのだ。

 刹那、ジェラルド騎士団長の視界の右端にサツキの帽子が見えた。これによってすべてを理解した。

 おそらくそこに、ミナトもいるのだろう。

 ミナトがあの目にも見えない高速の移動でサツキを移送したのだろう。

 ジェラルド騎士団長は感覚でそこまで解し、帽子に向かってバスターソードを振った。

 ここまでは完全オートの部分。

 そして、もし今ミナトに別の地点からの攻撃をされても、そちらに防衛本能による守りは使わない。

 守りを捨て、サツキを先に倒すことだけに集中する。

 そうした思考の介在があれば、ミナトへの防衛本能は働かない。


「ゼィァアア!」

「はああああ!」


 サツキも捨て身の掌底だった。

 この場合、どちらが早く相手に到達するのか。

 どちらが速さを制するのか。

 答えは明白である。

 ジェラルド騎士団長だ。

 しかし、もっと速いものがあるとすればどうだろうか。


「《くうきょう》」


 柔らかな涼風のような声がして、バスターソードがピタリと動きを止めた。

 金属音。

 バスターソードはミナトの剣と打ち合ったのである。

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