52 『ビフォアースターティング』
試合を観に来たのは、玄内を除いた士衛組の仲間たちのほか、リディオとラファエル、アキとエミだ。
コロッセオで出会って仲良くなったシンジ、アシュリー、ブリュノ、マドレーヌ、バージニーも駆けつけてくれた。
観戦席は一階。
出場する選手や関係者などしか入れないのだが、初日の参加者も入れるようで、マドレーヌとバージニーもサツキたちと観戦する。
「なんでこんな大所帯で見なきゃならないのよ。まあ、二日目の参加者は少ないし、二階から上が激混みな以上一階席も開放したほうがいいのはわかるんだけどさあ」
「ヒナさん、ぶつぶつ文句言ってても始まりませんよ」
チナミがヒナにそう言うが、ヒナは肩をすくめて、
「どうせ始まるもんは始まるんだから、あとはおとなしくしてるわよ」
と諦めたように返した。
しかし、アシュリーが、
「サツキくん。わたしね、サツキくんがまだ疲れも残ってるかもって思って、マッサージの仕方を本で勉強していたんだ。やってあげるね」
と言って、バージニーも楽しそうに、
「だったら、アタシも気持ちよくしてあげるっ」
とサツキにじゃれつく。マドレーヌが「ほら、ちょっかいかけない」と軽くいさめている。
イライラしたように二人の言葉を聞いていたヒナだったが、おとなしくしていることはできずにサツキの前に割って入る。
「試合前のサツキの邪魔するなー!」
「賑やかですね」
リラがおかしそうに笑うが、ルカはクールにつぶやく。
「そうね。緊張感のない人たちだわ。本当は適度な緊張感がいいのだけど、このメンバーにそれを望むのは難しそうね」
それを聞いてナズナは、リラに苦笑いする。
「わたしは、緊張しちゃってるけど、サツキさんじゃなくて……わたしが緊張しても、意味ないもんね」
「でも、サツキさんがナズナちゃんの緊張を見てちょっぴり気が引き締まることもあるかもだし、悪いことじゃないよ」
「そうだと、いいけど」
相手が強いと聞いて、ナズナは昨日よりも緊張していた。
――昨日のバージニーさんたちも強かったけど、今日はもっと強い人たちと戦うんだよね。サツキさんとミナトさん、怪我……しないといいな。
ナズナが周囲を見ると、この一階席には昨日の参加者たちもたくさんいた。しかし、そのほとんどは今日の試合までトーナメントを進めなかった選手ばかりで、緊張感もなくお祭りに来ているような気楽な顔をしている。
それでも、ナズナにはみんなが強そうに見えたし、サツキとミナトが大怪我をしてしまうかもしれない不安は拭えない。
ルカはそんなナズナを見て、
「ナズナ。あなたの警戒心や臆病さは美点でもある。だから周りの有象無象を気にするなとは言わない。でも、リラは参番隊隊長として、ナズナがどこを警戒し、どこにアンテナを張っているのか、よく気にすることね。それが参番隊をもっといいチームにすると思うわよ」
「はい。ルカさん、アドバイスありがとうございます」
にこりとお礼を述べるリラ。昔からルカをよく知っているリラには、ルカがうっすらと微笑んでくれていたのがわかった。だが、ナズナにはその表情の変化はわからず、ただリラといっしょにぺこりとした。
そんなところへ、クコがアキとエミの二人といっしょに食べ物を持ってやってきた。
「ちょっと買ってきちゃいました!」
「美味しそうな物がいろいろあったからさ!」
「みんなで食べよーう!」
後ろからバンジョーも駆けてきて、ジェラートをミナトとチナミに渡した。
「こいつは溶けないうちに食ってくれよ! 今日は昨日よりうまそうなもん売ってる人たちがいて、このあとも楽しみだぜ!」
なっはっは、とバンジョーがジェラートにかぶりつく。ミナトとチナミもありがとうございますとジェラートを受け取って食べる。
「いいですねえ。うん、これもおいしい。僕、マノーラに来たらジェラート食べてみたかったんですよ」
「このジェラートも美味しいですね」
ふんふん、とチナミは小動物のように食べている。バンジョーとミナトとチナミの三人は甘い物好きで、新しい街へと行くといつも食べて回るのだ。
「試合前にジェラート食べるやつがあるかー! ちょっと、サツキも注意しなさいよっ」
ヒナがサツキを振り返るが、サツキは時計を見る。
「俺とミナトの試合は十時からだし、あと一時間以上もの余裕がある。食べ過ぎなければ大丈夫だろう」
「もーう」とヒナは腕組みして、「ヒナちゃんも食べる?」とエミにフランクフルトを差し出されて、「た、食べるわよ! ありがとっ!」と受け取ってかぶりつく。
「まったく、お祭りに来てるみたいじゃないの」
「ヒナちゃんいいこと言うね! みんな、今日は元気に盛り上げようね!」
「盛り上がっていこーう!」
アキとエミが声をかけると、クコたちのんきな面々が「おー」と言ってはしゃいでいる。
そろそろ九時になろうかというとき、シンジが声をあげた。
「あ。クロノさんだ」
「彼、今日はまた一段と生き生きしているね」
と、ブリュノが微笑む。
「サツキくん、ミナトくん。いよいよ始まるよ」
「はい」
「おお、待ってました」
会場もクロノに気づいた人が声を出していくと、瞬く間に会場は熱気と歓声に包まれていった。
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