33 『ブラフアンドディール』
バージニーはカードをシャッフルする。ディーラーというよりマジシャンのような流麗さで、思わず息をするのを忘れてしまうほどだ。
心地良い音を立てて、カードが混ざっていく。
チャンスタイムとして、バージニーに提案された《ポーカーチャンス》。
サツキとミナトはこのゲームを受けることにした。
これは、観客たちに楽しんでもらうための大会でもある。だから、サツキは当然この《ポーカーチャンス》を受けるつもりでいた。
――やるのは構わない。が、結構いい魔法だな。
そうも思った。
――ミナトはすんなり120点のダメージを信じている。すでに120点を取られていたとしたら、ミナトの受けたフランベルジュのダメージが165点より高かったことになる。俺とバージニーさんのあのあとの攻防だけでそこまでダメージは伸びないからだ。つまり、120点あるってのがでっち上げの可能性もある。
この魔法は、嘘の点数分のダメージで交渉を迫れる。術者本人以外にはダメージが可視化されないのだから。
交渉次第でいくらでも展開をコントロールできるとも言えるだろう。
ただダメージを管理してコントロールするだけでもおもしろいのに、交渉の材料にもできるのは、あまり見ないおもしろみだとサツキは感じた。
だが、今この試合の間は、バージニーは点数のことでも嘘をつかないほうが無難だ。彼女のためにもいい。クロノやほかの参加者まで、見ていた人たちは、《ポーカーチャンス》に賭ける価値を覚え、のちのちまでも交渉する余地が生まれるからだ。
実際、バージニーは無駄な嘘をつかないようにしていた。
ディーラーとして、ブラフとペテンはお手の物。
こんな計算尽くめなバトルスタイルを取るタイプなだけに、相手に伝えた嘘の数字でも計算して混乱なく戦える。
けれども、バージニーはそれを好まない。
経験上、無駄な嘘はつかずに戦ったほうが勝率がよかったからだ。
これはあくまで心証であり、特別なことをしたときに負けた記憶が色濃く残る心理的な要素も大きく、験担ぎに近い感覚といえる。そのせいで、戦績上の差異はほとんどないのだが、「嘘やハッタリは特に効果を持つときしか使わない」という戦い方を好むようになった。
そして今、バージニーはちょっとしたブラフをかけていた。
――アタシは嘘の数字で盤面をコントロールするのは好きじゃない。だけど、ここは一つの勝負所よ。サツキくんに言った120点っていうのは事実。だからあと10点で一人を気絶させられるって。でも本当は、途中のダメージがブラフなの。仮に二人が《ポーカーチャンス》に失敗して240点が加算されても、合計は460点。一人を気絶させる限度まで、40点もあるわ。まだ粘れるダメージの余白がある。この余白を知らないサツキくんは、最後の攻防において、防御重視になりアタシへの攻撃が及び腰になる……そこをアタシが畳みかける。勝ち筋は見えた。
カードはあっという間にシャッフルされた。
「まず、サツキくんに五枚の手札を配ります。そして、そこから何枚を入れ替えるかを選んでもらいます。その結果、入れ替えたカードと残したカードで構成された役がどうなるのかで勝敗が決まります。いいかな?」
「はい」
要するに、ビデオポーカーのルールといっしょだ。
シンプルなゲームである上に、勝率は50パーセント以上といえる。
なんの役もそろわないハイカードとなる確率は、手札の入れ替えなしで約50パーセントだからである。
手札の入れ替えがあればその勝率は上がるのだから、二回に一回以上の確率で勝てるということだ。
「じゃあ、カードをどうぞ」
五枚の手札を受け取った。
この手札を相手に見せても問題ないので、サツキは手札を開示した。観客席の上部にある、白い幕で作られたモニターにも映る。
会場からは様々な反応が出ている。
いい手札だと思う人もいれば、微妙だと思う人もいる感じだろうか。
「スペードのエース、スペードのジャック、スペードのキング、クローバーの3、ハートの4だ」
「サツキ、どうする?」
ミナトに聞かれるが、サツキも即答できない。
代わりに、クロノが実況を挟んだ。
「カードはあの幕に出ている通りだー! まだなんの役もそろっていないが、連続するカードは、キングとエース、3と4の二組に分けられるぞ。悪くはないんじゃないかー?」
手札を見て、観客席で見ていたヒヨクが言った。
「どう思う?」
「この勝負、受けなくてよかったと思うけどね~」
ツキヒは頭の後ろで手を組んだ。
「それはさすがに受けないと空気読めてないことになるんじゃないかな。て、ぼくが聞いたのはそこじゃなくて、手札はどうかってこと」
「そっちか~。まあ、適当に二、三枚変えたらいいと思うけど?」
「うん。少なくとも二枚は変える必要があるね。内容としてはそんなによくもない。ただ、ちょっと変えればワンペアかストレートを狙えそうではある」
「ミナトくんはピンチになっても楽しみそうだし、負けてもよさそう感~」
勝手なことを言ってポーカーでの負けを期待するツキヒ。
だが、ツキヒはサツキとミナトを嫌ってなどいない。むしろ、気になるおもしろい存在だと思っているからこそ、彼らのベールに隠された強さを見てみたいと思うのだった。
それもわかっているから、ヒヨクはくすりと笑った。
「うん。ぼくも、それは見てみたい。サツキくんはピンチを楽しむタイプじゃなく、修業と考えてもがきそうだ……必死な彼がどう逆境を打破するのか、ぼくもそっちに期待しちゃうな」
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