60 『ナイフトラップ』

 アポリナーレは、トライデントを地面に突き立て、地震を起こした。それも舞台だけをピンポイントに揺らす地震だ。

 さらにそこからトライデントを振り回した。

 すると、今度は強風が吹く。


「おっと」


 足場を崩されたカーメロは、強風にあおられて後方に飛ばされてしまった。

 だが、なんとか舞台ギリギリのところで着地する。


「大丈夫か、カーメロ」

「ええ。しかし、しびれのような感覚があります。あのトライデントで刺されたせいでしょうか」

「そのせいで踏ん張りがきかず、宙を飛ばされてしまった。そういうことか」

「おそらく」


 スコットとカーメロが話している間にも、アポリナーレはナイフを腕から抜き傷のある部位にトライデントを触れさせた。


「なにをしているのでしょう」


 観客席で、クコがだれにともなく聞いた。


「傷が、治っていく……? 傷口が縫い合わせたように塞がっている?」

「いや、縫い目なんてないくらいだから、もっとすごいねえ」


 サツキが瞳を緋色にして魔力の流れも見て、それを確認した。ミナトも興味津々に眺めている。

 クロノが立ち上がると、アポリナーレの腕についても話し出した。


「おーっと! アポリナーレ選手、徐々に傷口が修復されて、今塞がれた! 傷口が治ってしまったぞ! これもアポリナーレ選手の魔法《海ノ王ネプチューン》の力だー!」


 カーメロはつぶやく。


「どんな魔法なのだ……」

「フン。認めよう。下調べをするべき強者だったようだな。少なくとも、このトライデント使いは」


 スコットがそんな評価をしても、すでに場外へと飛ばされてしまったルーチョは悔しそうに見守ることしかできない。


「兄貴、気をつけてください!」


 アポリナーレはチラとルーチョを見るだけで、そんなことは当然わかっているとでも言うかのようだった。その証拠に、余裕そうに構えてはいるが、腕から抜き取ったナイフを適当に捨てることはしなかった。

 とある仮説を立てていたためである。


 ――もし、このナイフに《スタンド・バイ・ミー》の効果がかかっていたら……。ナイフをまた相手に拾われないためにと思って、これを場外へと捨てた時点で、またカーメロに触れられたら、場外に落ちたこのナイフと我が輩の場所が入れ替わる。我が輩が場外に捨てたナイフが、そのまま我が輩を場外へと連れ出す装置と化すのだ。ゆえに、ナイフは慎重に扱わなければならない。


 かといって、ナイフを自分の衣服や装備に収納するのも得策ではない。


 ――たとえば、我が輩がナイフを腰に差して隠したとしても、そのナイフと別の刃物を《スタンド・バイ・ミー》で入れ替えられたら、ナイフはたちまち形を変え、我が輩を切りつける暗器となる。我が輩が少しでも動けば切りつけられるように向きを調整してくるかもしれない。やはり、肌身離さず持つのも危険。


 そこまでの分析は、アポリナーレでなくてもすることだろう。しかし、アポリナーレはもっと慎重だった。


 ――ナイフを、我が輩のすぐ後ろに置いても、背後からの攻撃を狙う飛び道具にもなりかねない。矢を投げると同時に《スタンド・バイ・ミー》を発動させれば、背後から急に我が輩を狙うトラップにも変身する。ナイフはやはり、我が輩の視界に入る場所に、しかしそこから弓矢のスピードで飛んできたとしても対応できる距離に、そっと置くしかない。


 判断を下す。

 ナイフを床に置き、足先で蹴って左前方に転がした。

 距離も充分に取った。


 ――カーメロ、さすがに若造ながら『戦闘の天才』と言われるだけある。予断を許さない。少しの隙も見せられない。


 これらアポリナーレが考えた内容が、先程サツキも観客席で見ながら気づいたナイフの厄介さであり、応用の幅のある仕掛けなのだった。だからサツキは舌を巻いたのである。

 クロノはアポリナーレの行動を見届けて、


「これは、ナイフを手放したぞ! しかも、中途半端だ! だがこれは、ナイフへの警戒を充分過ぎるほどにした結果だろう! 緊張感が伝わってきます! さて、対するカーメロ選手は傷を癒やすことはできないが、まだアポリナーレ選手の魔法《海ノ王ネプチューン》の効果も見破れていないと思われます! なんといっても、何試合も見てきたワタシもわからないのだから、それも当然か!」


 あはははは、と陽気と笑うクロノに会場からも笑いが起きるが、そんな楽しいエンターテインメントとして見ている観客ばかりではない。

 サツキは次のアポリナーレの行動から一つの予測が立った。


「カーメロは隙をうかがえ。ここからはオレがやる」

「わかりました」


 スコットとカーメロが相談と役割分担を終え、そこにアポリナーレが呼びかけた。


「それがよかろう。まずはスコット、貴様を倒してやる」

「やれるものならばやってみるがいい」


 どちらも尊大で、カーメロはアポリナーレから一切目を離さないがひと息ついていた。


「いくぞッ」


 ついに、アポリナーレは駆け出した。

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