17 『ルーリア海あるいは蒸気船』

「さ、さて」


 ルカは耳だけはまだほんのり赤いが、体裁を整えて言う。


「本当に、私で力になれることはない? いつも総長として、秘書として、参謀としてあなたの側にいるけど、できることって限られてるから」


 これは本心だった。科学的な話では玄内がサツキの相談相手になれるが、戦術でも特別にルカだけに頼ることはない。むしろ、サツキの頭脳はだれに相談せずとも戦略を練り上げてしまう。


「そうか。だったら、地理について教えてくれ」

「地理?」

「ルーン地方については記憶があいまいなんだ」

「そう。お安い御用よ」


 サツキが知りたいのは、目的地である『まぼろしきょうしんりゅうじまだ。そして、その周辺の地図も、自分の世界の地図と照らし合わせて把握しておきたい。


「どこからいこうかしら?」


 改めてルカに聞かれて、サツキは海を見渡す。


「まず、このルーリア海だ。ここは、ルーリア海で合ってたよな?」


 それから、サツキとルカは海上を眺めながらこの世界の地理についての話をした。ルカによる家庭教師は、サツキには勉強になる。クコの魔法《記憶伝達パーム・メモリーズ》で、クコの記憶を見せてもらったことは何度もあったし、もっともわかりやすい方法であるが、細かい名称は忘れてしまっていた。地理記憶の確認、補完としても、今聞いておきたい。


「このルーリア海は、タルサ共和国やメイルパルト王国に面しているわね」

「うむ。タルサの南西だな」


 ルーンマギア大陸のルーン地方と、ラドリア大陸。これらに囲まれている海が、ルーリア海と呼ばれていた。ルーンとラドリアを合わせてそうなったものである。ルーリア海は、サツキの世界の地中海と一致していた。さらにいえば、ラドリア大陸が、サツキの知識ではアフリカ大陸と一致する。メイルパルト王国はラドリア大陸の北東に位置する。

 ルカはうなずく。


「ええ。ルーリア海の中でも、タルサ共和国とその左のギドナ共和国、これらに囲まれている海を、タルドナ海というの。たくさんの小島がある多島海で、その南に神龍島があるのよ」

「なるほど」


 と、サツキは相づちを挟む。

 ギドナ共和国がギリシャ。タルドナ海がエーゲ海。サツキの知識と一致するのはここまでである。

 そして、『幻の秘境』神龍島は、この世界にしかない島だ。


「神龍島は特殊な海流のせいで、普通ではたどり着けないそうよ。それをどうやってたどり着くのだと思う?」


 生徒を試す先生のような目を見つめられ、サツキはまじめに考えてみる。


「そういえば、まだ神龍島に行ける理屈を聞いてなかったな。特殊な海流のせいで、というからには、海流の切れ目が見えるといった理由だけで侵入できるとは思えない」

「そうね。別の方法があるわ。優秀なサツキにならわかるかしら?」

「じゃあ、海老川博士えびかわはかせが動物の言葉を聞いて、安全な道を選べるから。とかか」

「一部当たってるわ。それもある。でも、もう一歩踏み込まないと、正解をあげられないわね」


 ルカは楽しそうにサツキを思案顔を見つめている。


「だったら、この船のエンジンが普通の船と馬力が違う。かな」

「さすがサツキ、正解よ。すぐにわかって偉いわ。あとでご褒美をあげないとね。実は、この船は蒸気船なのよ」


 そう聞いて、サツキは驚いた。


「この船にもチャティワワがいるのか?」


 驚き方とは、ちょっと変わっている。だが、サツキにとってこの世界の蒸気船は、魔獣のチャティワワが必須なのである。技術だけではまだ完全な蒸気船は作れないものの、サツキがせいおうこくからガンダス共和国への渡海で乗った蒸気船には、魔獣・チャティワワの力で技術が補完されていた。火を吐く子犬の魔獣で、おとなしく警戒心が強い。アキとエミに教えてもらって友だちになろうとしたが、動物に好かれやすい二人のようにはすぐに友だちにもなれなかった。


「蒸気船ってすごいことじゃないか。俺たちが乗った旅客船も、チワワが魔獣化したチャティワワが火力を担い、蒸気機関も用いていた。ああいった技術はあまり一般化されてないのだろう?」

「確かに、蒸気船は世界の主要港を巡る大型船の一部にしか見られない。先端技術ね。でも、玄内先生曰く、この船にはそういった魔獣は乗っていない。神龍島にいる火を吐くトカゲが火力を先に与え、それを船に燃料として搭載、また神龍島に戻るまではエネルギーがもつらしいわ」


 サツキはそこまで聞くと、さらに輪をかけて驚いた。


「じゃあ、ほとんど完全な蒸気船なのか」

「ふふ。そんなに驚いてくれると教え甲斐があったというものね」


 改めて、サツキは船上に視線を走らせる。


「でも、蒸気が出てないぞ」

「ええ。風力によって動く帆船が表向きであり、蒸気を使うのは特別なときだけよ。蒸気船は、この世界ではあまり多くないわ。メラキア合衆国やアルブレア王国がこの方面は強くて開発も進んで来ているけれど、それもごくわずか。だからこの船は、目立たないように両方の性質を合わせてる」

「なるほど」


 アルブレア王国はサツキのいた世界でのイギリスにあたるし、メラキアはアメリカに相当した。

 だがそれより、『アークトゥルス号』以上の蒸気船が誕生していたことが、サツキには驚きだったのである。

 しかし、思い当たる節もあった。


 ――そういえば、うらはまから乗った『アークトゥルス号』が、海上で船足の早い船とすれ違った。ヒナと星を見ているときだ。あれもそうなんだろうか。蒸気船がもうこのレベルで存在してるのなら、産業革命なんて本当にすぐにやってくる……!

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