18 『憶測と分離』

 バンジョーは、弐番隊の仲間とチナミと森で休んでいたところ、アルブレア王国騎士が襲ってきて、風変わりな衣装の騎士に問題を出された。

「問題デース!」の声に応えると、その問題がどんなものなのか聞く前に、バンジョーの目の前の景色は変わってしまった。

 一瞬の明滅を挟むと、見慣れぬ場所にいた。

 刺激的な黄色に包まれた空間である。どれほどの距離があるのかもわからない、ただ黄色い世界だった。

 玄内の別荘にある、玄内が創り出した特殊な空間《げんくうかん》に似ているだろうか。士衛組が修業するための道場のようになっており、サツキやミナトが好んでよく使う。あちらは白一色の世界で奥行きもわからない無限に広がった世界だが、こちらは黄色で出口がない。


「どこだ? ここは」


 あっけらかんと尋ねるバンジョー。

 わかることは、ここが《無限空間》と同じく、元の世界とは隔てられた異空間だということだけである。

 そしてもう一つ、わかっているのは、この場にはもう一人いること。

 その人物は、バンジョーから見ても妙な格好をしている。マジシャンかピエロかペテン師かという感じで、腰にある剣だけが騎士の証だった。二十代半ばの男性であると思われる。


「ワタシは『なぞなぞかいじん理取唱問リドル・ドナトデース。アルブレア王国騎士として、騎士団を率いる騎士団長をしていマース」

「オレはバンジョーだ」

「知っていマース」

「そうかよ。で、ここはどこなんだ?」


 バンジョーの問いに、ドナト騎士団長が飄々と答える。


「ここはなぞなぞ空間デース。ワタシが『問題デス』と言ったとき、最初に返事をした者をこの空間《なぞなぞワールド》に誘い込みマース。そして、ワタシの魔法は《なぞなぞ怪人》。ワタシがマスターたる『なぞなぞ怪人』となり、ミスターバンジョーになぞなぞを出題するのデス」

「な、なんだと!」


 拳を握って身構えるバンジョーだが、ドナトはその様子に満足したらしい。


「さすがの警戒心デース。ワタシの腰には剣がある。なぞなぞではなく、いつその剣で攻撃するとも限らない。ゆえの戦闘態勢の維持、感心デース」


 ドナトは改めてバンジョーという男を警戒する。自分がいつ剣で攻撃してくるかもわからないように、逆にバンジョーが自分を攻撃してくる可能性もある。その点への警戒態勢も忘れてはならない。自分は、なぞなぞを出題する側というだけではない。いつ攻撃されてもおかしくない存在。それをバンジョーの瞳に教えられ、うれしさのあまり口の端をゆがめていた。


 ――士衛組という組織が、亀と子供を連れてここまで来られたのは、おそらくこのミスターバンジョーの知恵と勇気のおかげデス。敵の土俵に無理やり連れ出されようと、一瞬の緩みもなく、戦闘態勢に揺るぎがない。これは、ワタシの腰の剣にも気づき、なぞなぞではなく剣での不意打ちにも備えている証拠。やはり相当の切れ者デース。


 だが、ドナトの観測とは違い、バンジョーはドナトの剣にもまだ気づいていなければ戦闘態勢に入ったことで身構えたのでもなく、ただ頭を使うなぞなぞを出されそうになり身体全体に力が入ってしまっただけだった。


 ――オレは魔法が使えねえ。今までだってそれでも戦ってきた。だが、こんなヘンテコな相手は初めてだぜ。


 バンジョーにとって、ドナトは苦手なタイプの相手だ。

 この世界で、魔法を使えるのは人口の一割ほど。バンジョーは残りの九割に属する。ほとんどすべての人間は無意識に魔力の影響で肉体が強化されているが、バンジョーもその程度にしか魔法の力を享受できていない。玄内はバンジョーの内包する魔力量に可能性を感じており、またバンジョーの運動能力やパワーにも目をつけているが、バンジョーは昔『かぜめいきゅうとびがくれさとで鍛えた忍者の動きと持ち前の根性で戦うスタイルだった。

 当然、バンジョーに駆け引きなどない。


 ――みんなが戦ってるときになぞなぞなんてやってられるかよ!


 バンジョーは好戦的にとがめた。


「てめえ、何者だ!」


 こんな場所にまで連れてきて、なぞなぞをしようとする。仲間が戦っているのに、自分だけなぞなぞをする。そんな変人に、バンジョーは聞かずにはいられなかった。


「フ」

「?」

「フフフ」


 ドナトは目の前の好敵手への悦びで笑みが浮かぶのをこらえきれない。


 ――一見、なんの変哲もない質問デース。しかし、彼はおそらく、そうやって抽象的な質問をすることで、ワタシの魔力消費を狙っていマース。この空間の維持だけでも、相応の魔力消費があると考えるのは普通。そこを見逃さずに、会話を続けることでこちらの疲労を狙う。悪くない手デース。


 自らを頭脳派だと自負するドナトは、さらなる憶測を加える。


 ――しかも、周囲へ視線を切ることもせず、ずっとワタシの目を見続けていマース。もしや……!


 と、その可能性に気づく。


 ――ワタシの《なぞなぞ怪人》が幻惑魔法の類いだとすれば、との考察をしているのかもしれまセーン。幻惑魔法の使い手である連堂家の者を、彼は知っていマース。ならば、その可能性を考えて当然デース。ワタシの挙動と周囲の音から洞察を加えている、そういうことでしたか。常識にとらわれない心の持ち主・ミスターバンジョー。つくづくやり手デース。また、ワタシの回答から、ワタシの魔法について条件や解除法など探りを入れていマース。


 独特のポーズで顔を押さえ、バンジョーを見る。


 ――慎重さ、警戒心、洞察力、常識にとらわれない心、どれも超一級デース。


 そして、ドナトからは「フアハ」と小さな笑い声がこぼれた。

 バンジョーは真剣な顔で叫んだ。


「なんか笑ってやがる! コイツ、変だぜ!」


 ドナトは、バンジョーの声で我に返る。


 ――おっと、彼がなにか言っていマース。聞いていませんでした。考え過ぎて自分の世界に入ってしまうのがワタシの悪い癖デース。


 つい楽しくなって考え込み、相手の問いに答えるのを忘れていた。

 急に、


「フアハハハハ!」


 と笑い出し、ドナトは言った。


「大丈夫デース! 魔力消費を考えても意味などありまセーン。ワタシの魔法《なぞなぞ怪人》について教えマース。ルール説明は基本デース」


 バンジョーは難しい顔をして眉を寄せる。


「魔力消費? なに言ってやがる。だが、なぞなぞのルールでもなんでも聞いてやろうじゃねえか」


 ドナトはバンジョーの言葉など聞いておらず、


 ――局長、しろさつき。彼ではなく、やはりこのミスターバンジョーこそが士衛組の頭脳のようデース。そもそも、あんな子供を局長に据えたこと自体、ミスターバンジョーの入れ知恵かもしれまセーン。しかし、ワタシは頭脳戦が得意。ワタシは勝ちマース。

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