12 『マリオネットはその糸を斬られる』
サツキはクコと合流した。
クコはサツキを見つけると歩み寄ってきてくれて、サツキがチナミと別れた地点からちょうど中間で二人は足を止めた。
すぐにクコは歩き出す。
前を歩くクコに、まずは謝った。
「ごめん。探させてしまって」
「いいえ」
「本当は、俺は玄内先生を探さないといけなかったのに。反対にクコやルカに探させてしまった。ところで、ルカは?」
「わかりません」
「そうか。遠くまで探しに行ってないといいんだけど」
「……」
「あと、先に言っておく。実は、アルブレア王国騎士に会ったんだ。エヴォルドとジャストンという二人だ」
「……」
「雷の魔法を使うのがエヴォルド。もうひとりがジャストン。彼は、鎖を食いちぎってガリガリ食べていたが、魔法に関連があるんじゃないか?」
「なぜですか」
「身体に刀が触れたのに、斬れなかった。むしろ、硬質な音が響いた。まるで金属同士みたいに。おそらく鎖を食べると身体が金属化する……もっと言えば、鎖と同じ性質になるんじゃないかな。クコはジャストンという騎士の魔法について、なにか知らないか?」
「わかりません」
「ふむ。残念だ。でも、その推論の元に戦うのがよさそうだな。ハヴェルという騎士の蟻地獄も気をつけたいところだ」
このときのクコは、いつもと違ってサツキの歩調を気にせず前を歩いていた。道をよく知らないサツキは、ついていけばいいのだと思っていたのだが、
「あれ? 宿を通り過ぎたぞ」
クコは宿を見向きもせず、平然と通り過ぎてしまった。
振り返らずにクコが言った。
「こちらへ」
「うむ」
とりあえずクコの横に並び、横顔を見やる。
しかし無表情に黙っているだけで、サツキにはクコの考えが読み取れない。
宿屋から離れると、二階から降ってきていた三味線の音が遠ざかってゆく。しかし、うっすらと背中に貼り付くような危うげな音色が、サツキの足を重たく感じさせた。
クコの様子を不思議に思ってサツキは聞いた。
「どこへ行くんだ?」
「別に」
「別にって、ルカを探しに行くとかではないのか?」
「さあ」
あまりに感情のこもっていないクコの声に、サツキは足を止めた。
暗い路地へ入ろうと身体を横向かせたクコが、サツキを
「こちらへ」
「クコ、なにかおかしいぞ」
「なんの話ですか」
「さっきからずっと、いつものクコじゃないみたいだ」
思えば、チナミと別れて再会したときからおかしかった。
――俺はつい、クコを見て安心してしまった。これまでに起こったことをいろいろと話した。だが、気を許してるクコ相手に口数が増えることはあっても、いつもクコのほうがよくしゃべってくれる。しゃべる気分じゃない時だってあるだろう。しかし、今のクコはなにかおかしい。
目の前の少女は冷然と返す。
「いつものわたしってなんですか」
「俺と会ってから、俺が見てきたクコだ」
「わたしだっていつも同じじゃありませんよ」
「ああ、その通りだ」
「行きましょう」
そう言って、彼女はまったく表情を変えることなく路地に入ってゆく。
「だが、それでもキミはいつものクコじゃないんだ」
そう言って、サツキはその後ろ姿を追って路地に入り、
「いや、クコですらないっ!」
刀を手の中に出現させた。
《
帽子とリンクさせた物を、いつでも一瞬で帽子の中に戻すことができ、また望んだ物を一瞬で出現させることができる。
これによって、刀を手の中に出現させたのである。
キン、と刀が高い音を響かせた。
剣と剣がぶつかった音である。
つばぜり合いの状態で、サツキは問う。
「キミはだれだ」
「わたしはクコです」
バッと互いに離れて、サツキは問いを重ねる。
「違う。クコの剣じゃない。力も足りない。なにより、俺の魔法を知っていれば、それがなんの意味もない嘘だと気づくはずだ」
「……?」
「教えよう。俺は目の魔法によって、キミの身体から糸が伸びているのが見えている。糸は途中で消えているけどな」
サツキの魔法《
――俺の《
そして、魔力を含んだ糸。
「つまり、俺の目の前でしゃべっているそれは、人間ではなく、人形と思ったが。どうだろう?」
「ご名答ッ!」
声は上から聞こえた。
サツキはつられて上を向いたが、影のようなものが落下するように近づいてくるのが見えるばかりで、ハッキリと状況確認ができない。しかも、目の前のクコ人形も斬りかかってきた。
――どっちを相手にすれば……!
考えるが、上からはなにが落下してきているのかわからない今、剣のほうが致命傷になりかねない。
「上は任せてください」
「?」
正面に向かって剣を振ろうとしたところで、上は任せてくれと声がかかった。その声は、
「チナミ」
さっき別れたばかりの少女のものだった。
――こんな暗がりの中でも、上に物があれば地面に影はできる。しかし、チナミの影はなかった。敵の影だけだ。だから気づかなかった。でも、いる。任せてくれって言ってくれた。
「任せるぞ」
「はい」
上空から降りてくる敵、それはチナミに任せ、サツキはクコ人形を相手に戦った。
チナミは壁と壁を跳ね忍者のような動きで上空に向かい、金属音を何度かさせ、サツキの後方にバタンと人が落下した音を立たせた。倒れて気絶しているのは、女騎士だった。
実は、チナミの愛用するぺんぎんぼうやのお面は、《
だからサツキは気づかなかった。しかしチナミにとってはなんの計算も意味さえもないことだった。
一方のサツキは撃ち合いを数度、距離が詰まったところで、刀をクコの頭上で薙いだ。
すると、糸が切れた人形は崩れるようにカタカタっと倒れてしまった。口までカタカタ鳴らしていたのが不気味だった。
「よく気づいたわね。魔法名は《
物陰から姿を見せた女騎士。ゴスロリのような衣装で、大きく開かれた目は怪しく光を消している。
シィーカの顔を見て、サツキは思い出す。
「昼間、屋台をやっていた人形売り……」
「そうよ。記憶力はいいのね」
後ろで伸びている女騎士を見て、その顔もシィーカとともに屋台をやっていた人間だと気づく。
「売り物の人形に、クコだけが触れた。名前の通りコピーが作れるなら、それが発動条件ってところかね?」
知っている人間ならコピーを作れる、という線も考えられたが、あのとき触るよう誘導するようなセリフを言ったことを考えると、触ることが必要だと思ったのである。確か、「お人形はいかが? 特にあなた、これを手に持ってごらんなさい」と言っていたはずなのだ。
「それも正解。でも、糸を切ったら動かなくなるのが難点でね、また触ってもらわないと次のを作れないのよ」
「人形はもうありません。二対一、です」
チナミがサツキの横に並ぶ。
続けてサツキも言った。
「どうする?」
「へっ。チビのくせにこんな動けるなんて、予想外だわ。それどころか、こんな仲間までいたなんて。『
「クコはもう宿にはいないのか……」
「今度はあんたのマリオネットをデザインしてあげる!」
シィーカが人形を取り出したところで、
「サツキさん、目を閉じてください」
と言ってチナミは扇子を舞わせた。
「《
サーッと砂が舞い、周囲を砂嵐が覆った。
目を閉じているサツキには状況がわからなかったが、シィーカの声が聞こえてくる。
「痛っ! 目がっ! ぎゃぁっ! うっ、あいつはどこに……」
ドン、と鈍い音がして、その短い悲鳴以降のシィーカの声は聞こえない。
サツキが目を開けると、シィーカが前のめりに倒れており、手足が後ろで縛られていた。気絶もしているらしい。これも《影抜き》によってチナミを捉えきれなかったせいだった。
「どうしましょう?」
声が間近から聞こえてサツキが目を落とすと、すぐ下で、小柄な少女が指示を仰ぐように見上げていた。そんなチナミにこう答える。
「命を奪うのは本意じゃない。放っておこう」
「……そうですか」
それで大丈夫なのか、心配するような視線を感じる。サツキは聞いた。
「なにか案はあるかね」
「一応。
「さっきの人たちか」
「はい。治安維持組織です。私がここで王都見廻組が通りかかるのを待ちます。ヒロキさんとは顔見知りですし、私を襲ってきた危ない人たちだと説明すれば、信じてくれます。ヒロキさんに捕縛してもらえばいいです」
「なるほどな」
「ここで私と長居していては、追っ手に見つかってしまうかもしれません。ですから、サツキさんは先に私の家で待っていてください。宿に戻れない事情もありそうですし、私の家のほうが安全でしょう。私も話したいことがあります」
チナミはさっきのサツキと女騎士シィーカの会話を思い出す。
――アルブレア王国騎士と言っていた。また、クコ……それは、ナズナのいとこの名前。アルブレア王国王女の名前。クコさんの味方らしいし、サツキさんをナズナに会わせるべき。
そこまで考えてのことであり、幼馴染みの親友ナズナとこの少年を引き合わせることは意味があると思った。
サツキはうなずく。
「わかった。道は元来た通りに戻ればいいだけだし、先に戻っている」
「お願いします」
サツキはチナミの家へと戻る。
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