11 『影馬車は富郷梅乃を乗せてすれ違う』

 影馬車が王都を走る。

 晴和王国、王都。

 またの名をあまみや

 ここには、異形の者も多く、人斬りも出る。

 昼と夜で別の顔を持ち、夜も眠らない都市であり、晴和王国最大にして世界最大の都市でもあった。

 影馬車の中で、青年がつぶやく。


「この時間に子供が二人だけとはめずらしい」


 灰色の着物を優雅に着こなし、その上から深い緑色の羽織をかけたくせ毛の青年は、二十歳を過ぎた頃。背はあまり高くはない。平均くらいだろう。優しげな目を横へ流し、前方へと戻した。

 たかとうである。

 隣に座る、薄紅色の着物のおかっぱ頭の少女――とみさとうめが、純粋な笑顔で言った。


「きっとアキさまとエミさまみたいに、だれかを探してるんですよ」

「そうかもしれないね」


 ウメノは、まだ十一歳。梅のデザインの髪留めが特徴で、明るく朗らかな少女である。

 トウリは、歩いていた二人のうち、帽子をかぶった少年のことを考える。


 ――確か、喫茶店ですれ違った子だね。なんだか、どこか似てるなあ。兄者の小さい頃に。


 それに、とトウリは思う。


 ――あの天才剣士を思い出したのは、どうしてかな……。会いたいものだな。


 柔らかく微笑み、トウリは言った。


「未来には、無限の可能性がある。可能性を示唆することができる。でも、どんな未来も『自然は飛躍しない』ように、物事は連続性を持って未来を創るんだ。それを連続律という」

「がんばったら良い未来がやってくるのも、連続性ですね」

「そうだね。世界が朝を迎えるのも、夕方から夜、夜から薄明へと、連続する時間を経るからだ。夕方から夜を飛ばして朝にはなれない」

「はい。なんでもつながっています」

「それは、今宵の王都もそうだよ。おれはすべてを知っているわけではないけど、今宵の王都ではいくつかの事件が連なって起こっている。でも、おれの読みでは、それらは薄明の頃には解決する」

「読み? マテマティック展開ですか」

「マテマティック展開は、数式的な考え方で読みを展開するものだ。ある指数による段階的かつ数学的な予測、とも言われるね」

「姫にはまだマテマティック展開はむずかしいです。お兄さまが得意ですよね」

「うん。大局的な読みにおいては、兄者ほど見通しがいい人もそういない。そもそもマテマティック展開は、微分積分の考えにも近いものがあってね、微分という局所的な観点から、積分という大局的な観点へと予測を広げていく。そうやって連続律を見るわけだ」

「つまり、トウリさまは連続律が示すたくさんの未来の中から、王都の夜の物語が解決する未来を見つけたのですね」


 細かい読みや計算はできないが、こういう部分でウメノは相手の言わんとすることがわかる。そうした察しの良さがある。

 トウリはにこりとうなずいて聞いた。


「昼間、おれが言ったことを覚えているかい?」

「どのお話ですか?」

「人生の数だけ物語があるという話さ。つまり、人の数だけ物語があるように、アキさんとエミさんや今の少年少女――彼らは我々のうかがい知れない物語の中にいるんだろう。彼らが我々を知らないように」

「あの浴衣の女の子は、姫と同じくらいのお年だったので、お友だちになりたいです」

「うん。なれるといいよね。物語がいくつあろうと、登場する人物の数に決まりなんてない。物語が交錯することだってあるさ。……いや、実はほとんどの物語は、どこかでなにかの因果によってつながっていたりするものだよ」

「すべての物語はつながってるかもしれないんですよね。連続律のお話といっしょですね」


 にこにこと笑ってウメノは質問した。


「では、トウリさま? 姫の物語の中に、あの子が登場してくれることも、あるんですか?」

「逆もまた然り、ということだね。うん、それが自然なことだ。でも、主人公が気づかなければ、まだ登場していないと、その主人公は思ってしまう」

「へえ」


 まだウメノには難しかったろうか、と思ってトウリは微笑む。


「人と人との出会いは不思議なものだ。中でも、アキさんとエミさんとの出会いは、おれの人生の中ではもっとも特殊に思えたな。まるで物語を最善へと導き、それが正しかったと教えてくれる『さいぜんかん使しゃ』のようでもある。いや、彼ら二人そのものが特殊なだけかもしれないが」

「アキさまとエミさまは、不思議な人たちでした。でも、姫はあのお二人が大好きになりましたよ!」

「うん。おれもさ」


 トウリは馬車から外を見る。


「さあ、着いた。降りよう」

「はい」


 ぴょんと跳ねるように降りて、ウメノは影馬車に手を振った。


「ありがとうございました。また」

「ありがとうございました」


 トウリも影馬車から降りて礼を言い、ウメノと並んで目の前の宿に入ってゆく。

 それとすれ違いに、二人が背を向けたその後ろを横切るスーツの青年がいた。夜でも目立つオレンジ色のスーツ、短めの金髪。視線をさまよわせながら、青年は大きな独り言を漏らす。


「こんなに帰りが遅いってのは、やっぱりなんかあったんだ。この王都には、まわりぐみがいる。とにかく知らせておこう。今のオレにできんのは、それだけなんだからよ」


 その声にウメノが振り返るが、青年はすぐに通り過ぎてしまって顔も見えなかった。

 足を止めて、トウリは月を仰ぐ。


「不思議だね、王都は」


 ウメノの視線はトウリへと移る。


「はい。不思議なところです」


 トウリは懐かしむように微笑んだ。


「それでも、いつ見ても変わらない月の美しさが、一番不思議だ」

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