イストリア王国編 コロッセオプログレス

1 『ビーアンビシャス』

 イストリア王国。

 首都マノーラ。

 そこは、『みやこ』と呼ばれる。

 古代から未来まで、永遠に華の都であり続ける都市であり、人々に広くそう信じられていた。

 文明史を振り返っても、いにしえより栄えてきた多くのものが今も街のあちこちに残り、マノーラの辿ってきた歴史がそのまま空気として流れ息づいているようだった。

 人類が築いてきたおよそすべての娯楽は、このマノーラでも楽しめる。文学、音楽、美術、演劇など、この街では長い時間をかけて磨かれてきた。

 そして、その最大にして至高の娯楽は、ここマノーラにおいては円形闘技場コロッセオでの魔法戦士たちによる戦いであった。

 魔法と武術を競い、知恵を駆使して戦う極上のエンターテインメントである。

 サツキとミナトは、コロッセオからの帰り道、夕陽が鮮やかにまたたく石畳の街を歩いていた。

 遠く、ゴーン、ゴーン、と鐘の音が響き渡り、道行く人の家路を急がせる。

 不意に、サツキは足を止めた。

 夕暮れの空を仰ぐ。


「俺は、ここでもっと強くなりたい」

「なろうよ。二人で」

「うむ。ミナト、やるぞ」

「おー」


 と、ミナトが楽しげに手をあげる。

 サツキが小さく微笑むと、ミナトがいつもの透き通るような笑顔で、


「コロッセオ、挑戦してよかったって思ってる。でも、まだ初日だ。このマノーラを発つときにも、挑戦してよかったって、そう言って終わりたい」

「だな」

「シングルバトルは個の力を高め、ダブルバトルでは二人の絆を深めるんだ」

「ああ。シングルバトルはそれぞれが考えて頑張るとして、問題はダブルバトルだな」

「だねえ」


 また二人は歩き出す。

 あごに手をやり、サツキは問うた。


「ダブルバトル、どうすればいいと思う?」

「呼吸を合わせるのは、積み重ねだと思う。たぶん、僕らならすぐうまくいく。あとは、役割とか、意識の問題だね。細かい戦術なんて相手次第だもん」

「戦術は相手次第で練るものだしな。そうなると……役割、か。レオーネさんとロメオさんは、どっちも互いをサポートして、どっちもメインの攻撃役にもなってた。あれは一つの理想だが、難しいところでもある。俺たちだと、俺がサポートするほうがいいかな?」

「確かに、サツキはサポートも得意そうだ。でも、やっぱりどっちもやろうよ。互いが互いを支えて、どっちもバシッと決める。それがいい。僕はそうなりたいな。向き不向きはあとで考えるとして、僕はどうしたいかで決めたい。サツキは?」


 ミナトの考えはわかった。

 サツキは自然と笑みが浮かぶ。


「俺もだ。そうだな、そうしよう。二人共、互いをサポートしながら、メインの攻撃役だ」

「うん。相手の分析とか戦略は任せることになるけどさ」

「それはわかっている。だが、ミナトもちゃんと考えて戦うんだぞ」

「もちろん。バディとしての力も高めて、『ゴールデンバディーズ杯』も優勝しよう」

「うむ」


 ついなんでも考え過ぎてしまうサツキに対して、ミナトは感覚的で動きが伸びやかだ。だから、サツキはそんなミナトといっしょにいると、一人のときより前に進める気がしていた。

 イストリア王国マノーラを訪れた二日目にして、円形闘技場コロッセオに挑戦した初日、サツキとミナトも家路を急いだ。



 時はそうれき一五七二年九月五日。

 現代を生きていた少年・しろさつきは、異世界へと召喚されてから五ヶ月、召喚者である少女・あおと旅を続けていた。

 サツキがクコと出会ったのは、人々に魔法の力を与えるという大木・世界樹の根元で、四月一日のことだった。

 それからの約五ヶ月、クコの願いを叶えるために旅をしているのだ。

 クコの願い――それは、悪の大臣に乗っ取られようとしているアルブレア王国という国を救うこと。その手助けをして欲しいとサツキは頼まれた。

 実は、クコはアルブレア王国の王女だったのである。

 アルブレア王国は、召喚された場所から遥か遠くにある。

 地図は、サツキのいた世界のものと近似しており、召喚された場所が日本によく似たせいおうこく、アルブレア王国はイギリスに地理的にも近い。だから、海を渡って地球の反対側へ行く必要があった。

 酷似した地図やサツキのいた日本と同じ言語など、どこか気になっていたサツキだが、旅の中で、サツキはとある可能性を知る。

 それは、この世界が、サツキのいた世界の約一万と二千年後の世界である可能性だった。

 しかし、本当にそうなのかはまだわからない。

 ほかにも、今後新たな事実に気づけるかもしれない。

 特に、天文学者の浮橋教授との出会いは、サツキに新たな視点から研究を進展させてくれることになるのだが、今のサツキはまだ知らない。

 科学などの文明レベルは、サツキの世界でいう幕末から明治時代だろうか。西暦一八五〇年から一九〇〇年くらいと思われる。魔法という特殊な存在があるため、発展した技術に違いもあるし、細かな差異はあれど、おおよそそのくらいの科学水準を持っているといえた。

 サツキとクコは、そんな世界を旅する中で、目的達成のための組織を結成した。

 名前は『えいぐみ』。

 そこに集うのは、クコの知人が中心である。

 頼りになりそうな人物に当たって、さらにその知人へと輪が広がることもあり、人数は十二人になった。

 士衛組には役職もある。

 組織のトップでリーダーが局長のサツキ、サブリーダーが副長のクコ。

 参謀役で局長の秘書を兼ねる総長が医者の娘・たから

 この組織の頭脳となるサツキとクコとルカは司令隊と呼ばれる。

 次に、壱番隊隊長が不思議な少年剣士・いざなみなと。壱番隊隊士は、時之羽恋ジーノ・ヴァレン。彼は『ASTRAアストラ』という組織のトップで、世界でも五指に入るほど有名な『かくめい』である。後述するが、昨日仲間になったばかりだ。

 弐番隊は三人いる。弐番隊隊長は、亀の姿をしたダンディーな『万能の天才』げんない。その正確な年齢はわからないが、渋いおじさんのようで、士衛組の御意見番であり指導役でもある。弐番隊隊士は陽気なメラキア人の料理人・だいもんばんじょうと地動説証明のためにイストリア王国を目指していた少女・うきはし

 参番隊も三人。参番隊隊長がクコの妹で第二王女のあお、参番隊隊士はクコとリラのいとこで空を飛べる少女・おとなずなとそのナズナの幼馴染みで祖父がふじがわはかの学者仲間でもあるかわなみ。この藤馬川博士が、アルブレア王国でクコの家庭教師をし、大臣の動きを察してクコとリラをアルブレア王国から逃がしてくれた人だった。藤馬川博士は今もアルブレア王国でクコたちが仲間を集めて帰って来るのを待っている。

 最後に、偵察や局長の護衛を担う監察が、超一流の技を持つ影の忍者・よるとびふうさいである。




 そして現在――サツキたち士衛組は、イストリア王国の首都マノーラにやってきた。

 サツキの世界の記憶と照らし合わせれば、地理的にはイストリア王国がイタリアになる。マノーラはローマに相当した。

 この国では、仲間のヒナにとって大きな目的があった。

 父・浮橋教授の裁判に参加することである。

 浮橋教授は地動説を唱え、宗教裁判にかけられている。

 異世界の知識を使ってサツキも協力し、『万能の天才』玄内も知恵を尽くし、ヒナと三人で地動説証明の論理は導き出せた。あとは、裁判当日を待つばかりとなった。

 浮橋教授と顔合わせを済ませたサツキだったが、このマノーラで、先の『革命家』時之羽恋ジーノ・ヴァレンと邂逅したのである。

 ここでの出会いには、すでに打ち込まれていたくさびのような縁があり、リラが姉・クコを追ってアルブレア王国を旅立ったとき、シャルーヌ王国でヴァレンと知り合ったことが始まりだった。素性も知らずに仲良くなり、晴和王国まで送ってもらったのだ。

 ヴァレンはその後もなにかとリラを気にかけていたらしく、士衛組がマノーラを訪れると、リラの前に現れた。

 士衛組の到着を知り得たのも、彼の率いる秘密組織『ASTRAアストラ』の情報網のおかげだった。『ASTRAアストラ』はマフィアと縄張りを分け合うアウトローであり、盗賊団ともいわれ、そして、ここマノーラでは街の治安を守る正義の味方というのがもっとも知られた顔でもあった。また、世界中に四千人以上の仲間がいると噂されるスパイ組織でもあるため、そのトップの力を使えば、士衛組の動きなど手に取るようにわかっていたのだ。

 士衛組にヴァレンが加わると、マノーラでは彼の拠点・ロマンスジーノ城に宿泊させてもらえることにもなり、そこでまた、サツキにはうれしい出会いがあった。

ASTRAアストラ』にはヴァレンの両腕といわれる最高幹部が二人おり、その二人と出会ったのである。正確にいえば、再会だった。

 再会したその二人というのは、『せんほうもの振作令央音ブレッサ・レオーネと『はいそうとく狩合呂芽緒カリア・ロメオ

 サツキとルカは旅の途中、ガンダス共和国で知り合い、彼らと友人となったのだが、そのときサツキは『ASTRAアストラ』を知らなかった。だから驚いたものである。

 二人の勧めで、サツキとミナトは、裁判が始まるまでの約一週間、円形闘技場コロッセオでの修業を開始することになった。

 コロッセオは、マノーラでは古代から続くとされる極上のエンターテインメントであり、魔法を使う戦士、すなわち魔法戦士たちのバトルの場だ。

 マノーラの使い手を中心に、世界中からも猛者が集まる、実践で強くなるためには絶好の施設だった。

 ここに参加する上で――

 目標は、ダブルバトルの大会である『ゴールデンバディーズ杯』に出場すること。

『ゴールデンバディーズ杯』は九月九日に開催される。出場条件は、三勝以上すること。だから、サツキとミナトが大会開始までに参加できる四日間のうち、負けられるのは一度のみ。初日の九月五日現在、一勝を得たため残り二勝が必要となる。

 また、シングルバトル部門には、戦闘経験値を積むためにも参加する予定だ。

 サツキとミナトのコロッセオ挑戦初日は、自分たちの試合以外にも楽しいことがあった。コロッセオのバトルマスターによる特別マッチである。そこで、レオーネとロメオがコロッセオで最強の座にあるバトルマスターと知り、二人のバトルを見て、サツキとミナトは向上心を大きく刺激されていた。

 明るい夕陽が照らす、コロッセオの帰り道。

 ミナトが隣を歩くサツキに問いかけた。


「ところでサツキ。どの道を行けばいいんだっけ?」

「……」


 ジト目になったあと、サツキは小さくにやりとした。


「ミナトって、意外と方向音痴だよな。空間把握力が高いわりにさ」

「いやあ、どういたしまして」

「褒めてない」

「あはは」

「まったく、放っておけないやつめ」

「ん?」


 サツキのつぶやきが聞こえなかったミナトに、繰り返すでもなく道の説明をした。


「あとは、夕陽に向かって行けばいい。ロマンスジーノ城の脇を流れるターム川の橋が見える」

「マノーラの夕陽も大きいねえ。いなせだなあ」

「うむ」

「見てたらお腹空いてきちゃった」

「なんでだよ」


 またミナトがあははと笑って、サツキは言った。


「じゃあ、早く帰らないとだな」

「うん」


 とミナトは大きくうなずいた。

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