幕間紀行 『ファントムケイブシティー(エピローグ4)』

 えいぐみは港町リバジャーノで一晩明かして、九月三日の朝を迎えた。

 朝の八時になって、支度も整い駅に向かう。

 ルカが聞いた。


「ねえ、サツキ。私、列車での移動中、馬車の部屋にいたいと思うのだけど、いいかしら?」

「構わないぞ。考えたら、馬車にいれば列車の切符代が浮くしな」

「あたしも部屋の片づけがしたいわ。節約の意味でも、列車に乗りたい人以外は馬車か先生の別荘にいたらどう?」


 ヒナの意見に、みんなも賛成の様子だった。


「いいと思います。私はどちらでもいいです」

「そうですね。わたしは列車からの景色が見たいです」


 チナミとクコはそう言って、バンジョーとミナトはというと。


「だったら、オレは料理道具の手入れをするか」

「僕はサツキと修業しようかな。いいかい?」

「うむ。いいぞ」


 サツキがうなずく。

 リラはナズナとチナミに小声で、


「お姉様とお話しするのはどう?」

「そ、そっか。うん」

「いいね」


 二人の了解を得て、リラは参番隊の意思を述べる。


「では、リラたちはお姉様と列車に乗ります」

「なら、なにかあったときのためと馬車の保管のために、おれがこいつらについていてやる。フウサイも好きに修業してていいぜ」


 玄内がバランスをみて自分の行動を決めて、フウサイも「はっ」と答える。

 サツキは玄内に向き直った。


「お願いします」

「ああ」


 かくして士衛組は二手に分かれた。

 といっても、一方は馬車の中であり、馬車はリラの小槌で小さくして玄内が亀の甲羅にしまうから、サツキがメイルパルト王国に行ったときのような別行動ではない。

 サツキとミナトは、ワープ装置さながらの黒いドアノブをひねり、せいおうこくにある玄内の別荘へと移動し、地下の修業空間に行った。フウサイもいっしょで、しかしフウサイは二人とは別に一人での修業だ。

 バンジョーは馬車に魔法で取りつけた部屋で、料理道具のお手入れをする。

 ヒナも自室の掃除を始めた。

 そして、ルカは自室に戻ると、黒いドアノブを壁に取りつけた。前もってつないでおいた場所に移動できるドアであり、これはサツキとミナトが通った黒いドアノブとはつないだ場所が異なる。

 つないだ先は、しんりゅうじまだった。

 チナミの祖父、かわ博士の住まいであり、その中でもたくさんの本が所蔵されている書架だ。

 ルカはこの書架について、海老川博士に許可を得ているが、サツキたちほかの仲間には秘密にしていた。チナミも大好きな祖父にいつでも会えることになるが、それを知ってしまうと甘えが出てしまうだろうと海老川博士と話してのことだった。

 そんな神龍島の書架で、ルカはよく本を読む。ここから本を持ってきて、馬車の外でも読む。本はサツキの知恵を支えるためのものがメインで、士衛組総長としてサツキの参謀役を担うには、まだまだ勉強が必要だと思っていた。また、自らの医学の向上に役立つ本も取り揃えられていて、読みたい本は際限ない。

 だが、ルカは本のラインナップを見て、つい士衛組のみんなのことを考えてしまうことがしばしばだった。

 本の背表紙を見てつぶやく。


「歌の本。歌い方の本まであるなんて、本当になんでもあるわね。この書架」


 手に取ってパラパラめくる。


「これは向こうに移動させておこうかしら」


 書架の持ち主である海老川博士は、よく使う本以外は割と適当に本棚にしまうようで、並び替えてもよいか尋ねたら、「もちろん。助かるよ」と笑ってくれた。

 だから、ルカは士衛組のみんなの役に立ちそうなものを見かけると、つい整理整頓してしまう。


「まあ、ナズナは感性で歌うほうだから理屈がどう役立つかわからないけど」


 ふと、サツキの顔が思い浮かぶ。サツキのひたむきな瞳。それと、士衛組みんなの頑張る瞳が重なった。


 ――サツキは、口数は少ないけど、感謝の言葉は口にしてくれる。どれほどサツキの役に立てているかわからないけど、必要としてくれているのはわかる。少しでも力になれていたら、どんな小さなことでもしていこうと思う。そして、ほかのみんなにも……。頑張る仲間は、放っておけないしね。


 必要とされることがあるならいとわない。そんな意識の変化に、ルカはまだ自分でも気づいていなかった。

 それから、ルカは自分が気になった本を手に取り、自室に戻るのだった。


 一方――

 クコと参番隊と玄内は、ようやく駅に着いた。

 切符を買って列車に乗った。

 席に座る。

 ボックス席になっていて、クコと玄内が並び、対面に参番隊の三人が座る形である。


「クコちゃん、列車、好きなの?」


 ナズナがにこっとして聞いた。


「はい、景色を見るのが好きなんです」

「そういえば、旅が好きになったって言ってたよね」

「確かに、いろんな景色を見られるからというのも理由の一つかもしれませんね。でも、だれかといっしょだと、景色ももっと綺麗に見える気がします」

「そっかぁ」


 二人が話している横で、チナミがちょっと考える顔になる。リラはナズナに続けて聞いた。


「お姉様は、この旅の中で、どの景色が印象に残っていますか?」

「たくさんありますよ」


 と、クコは丁寧に話していく。

 玄内は本を読んでおり、終始和やかな列車の旅になった。

 リラがおもむろにスケッチブックを取り出し、絵を描き出した。


「リルラリラ~」


 鼻歌交じりに描いたのは、列車から見える景色を参考に、この列車を描いたものだった。


「お姉様、どうでしょう?」

「素敵です。リラは本当に絵が上手ですね」


 楽しそうなクコの反応を見て、リラは物足りなさを感じる。


「あ、そうだ。リルラリラ~」


 リラは思い出す。神龍島でクコは、士衛組のみんながいっしょだから、ワクワクも大きくなって、新しい景色を見るときも喜びが大きくなる、というような話をしたことがあったのだ。

 だから、列車に乗るクコと参番隊と玄内をデフォルメしたものを絵の中に追加した。


「わぁ! なんだかこの列車に乗った思い出が形になったみたいですね! リラ、この絵をもらってもいいですか?」


 クコの瞳の輝きが変わり、思った以上にうれしそうだった。リラは満足してスケッチブックからその一枚をビリッと切って渡した。


「どうぞ」

「ありがとうございます!」


 なるほど、とチナミがつぶやく。


 ――クコさんの喜ぶポイントが、また少しわかったかも。これなら……。


 と思って、手応えを感じた。

 ここでの会話が形になってとあるお話につながるのは、イストリア王国の首都『みやこ』マノーラ到着後になる。

 楽しい時間はあっという間に終わり。

 列車は、火山の見える海岸を持つ港町、『うつくしきなぎさのネアポリス』ポパニに到着した。

 五人は列車から降りて、町を見回した。


「綺麗な町ですね」

「途中で見えていた火山も絶景でしたが、ポパニはその火山と調和した町の美しさがあります」


 クコとリラの姉妹がうっとりして、ナズナも吐息が漏れる。


「す、すごぉい」

「うん。さすが美しさで有名な町」


 イストリア王国に近い神龍島には何度も来たことがあるチナミだが、イストリア王国の各都市に行った記憶はほとんどない。マノーラやヴェリアーノ、それにここポパニも来たことがあるらしいが、小さい頃であまり覚えていないのだ。

 玄内が馬車を取り出して、


「リラ。小槌で大きくしてくれ」

「はい。《うちづち》さん、お願いします。おおきくなーれ、おおきくなーれっ」


 リラが馬車に向かって小槌を振る。

 すると、馬車は元の大きさに戻っていった。


「では、みなさんを呼んできます」


 ぱたぱたとクコが駆けて行き、馬車の中の仲間を呼びに向かった。

 クコが各部屋を順番に回り、ルカ、ヒナ、バンジョーを呼び出して、最後に玄内の別荘に行った。

 別荘の地下では、サツキとミナトが修業している。

 地下は玄内が魔法で創った特殊な空間になっていて、扉の先はお城の中であり、そこから外に出ると一面真っ白な世界になる。

 城内に来たところで、二人がなにかしゃべっているのがわかる。しかし会話の内容は聞き取れない。


「強くなるために都合のいい場所なんて、ないものだろうか」

「僕も詳しくないけど、イストリア王国で有名なのは、円形闘技場コロッセオ――」


 そのとき、クコはドアを開けて、顔を出した。サツキとミナトに元気いっぱいの笑顔で呼びかける。


「サツキ様ー! ミナトさーん! 到着しましたよー! 港町・ポパニに」


 クコの呼びかけに、サツキとミナトは顔を見合わせてニッと笑った。


「新しい街だ。楽しみだね、相棒」

「うむ。行くぞ、ミナト」

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