41 『歴史を書くあるいは紐解く』
リラは細い人差し指をあごに当てて、
「そういえば、サツキ様のいらっしゃった世界の日本という国は、科学技術分野に優れていたそうですね」
「うむ。俺の知っている時代ではよくそう言われている。得意や苦手もあったろうがな」
たとえば、日本のエンジニアたちは、戦後戦勝国に軍用機など製造業の制限がなされたと先に言ったが、その航空技術を自動車作りに注ぐことで、自動車作りをするようになり、のちに自動車大国にもなった。
もっと以前では、戦国時代の鉄砲もそうだ。
まずは、鉄砲について、サツキは話してみることにした。
「日本という国と鉄砲について、興味深い話がある」
と前置きして、
「鉄砲が日本に伝来したのは、戦国時代だったという。感覚としては、こっちの世界の旧戦国時代だな。それくらいの時代に、火縄銃が種子島という場所に伝来した。しかし、鉄砲を作るには、日本という国は素材に難があった」
「鉄砲に必要なものは、三つあるな」
と、玄内が言った。
「はい。木炭、硫黄、硝石です。しかし硝石は日本では自然に採ることが困難でした。だから鉄砲が生まれる土壌でなかった」
「貿易が必要になりますね」
クコの言う通り、それによって日本は鉄砲のための貿易もした。サツキはうなずき、
「うむ。織田信長という武将は、南蛮貿易というものをしたのだ。鉄砲技術に長じたキリスト教を優遇したとされる。その宗教を広めようと日本に渡航してきた宣教師は、技術や物品も持ち込んだのだ。織田信長はその宣教師を快く迎えた。だが、それもその宗教よりも背後にある経済が欲しかったのであろうと俺は思ってる。金銭だけでなく、貿易経路だな」
そうした背景もありながらも、織田信長がキリスト教を優遇した事実は変わらない。ゆえに、幕末でキリスト教勢力――すなわちイギリスが薩長に軍事を教え武器を供給して明治政府が勝つと、海外による文化侵略とはいかずとも当然のように欧米化が始まり、織田信長を人気の武将とする工作もされていったと思われる。織田信長の尊王家としての側面の強調と明治政府の尊王思想の宣伝は、こうして同時に行われる。革新者こそ正義であることも、織田信長をもってイメージ戦略に使うにはうってつけなのだ。
逆に、そうしたキリスト教勢力の介入を拒んだ徳川幕府は、人物像のイメージが一変されてしまう。元々は新しい物好きで外来品も好んだ家康だが、キリスト教による侵略を危険視して距離を置いた結果、それはいつの間にか『鎖国』と呼ばれるまでに大げさな扱いにされてゆく。貿易窓口は完全閉鎖ではなく選別して開いていたし、その経路は黒船来航とその後の交渉で少しずつ拡大していたが、『鎖国』主義の閉鎖的な保守思想を悪として広めることこそ、新政府が正義を掲げる上での肝だったのだ。江戸幕府が士農工商という身分階級を作ったことが嘘だったのも近年わかっているし、『鎖国』という単語などはあたかも日本中が言っていたように宣伝されているが、実は欧米によって作られた言葉なのである。
いつの時代も歴史は勝者が描くものだが、何代も前の歴史さえ淘汰し書き換えるのは西洋から中国までどこの国でも行われてきた。日本国内では、豊臣秀吉も織田信長の肖像画を華やかな色合いのものから地味なものに変えたりして、自らの権威を示す工夫をしていた。
日本では未だに明治時代から支配者の系譜が変わらないから、政治家もその頃から脈々と家系が続いているし、歴史認識が改まるには政治システムそのものが一度解体されたりといった大きな変化がなければ難しいだろう。
やや話がそれたが、とサツキは言葉を区切り、
「日本の科学技術についての話だったが、その鉄砲も伝来して百年とせずして、技術を学び解析して性能も磨き、世界最大の鉄砲生産国になった。当時、世界の戦には大量の鉄砲を用いた例はなかったにも関わらず、鉄砲を知ってわずかな日本で大規模活用した戦術まで生み出され、武将たちは戦ったのだ」
自動車もそうだし、鉄砲もそうだ。そして、蒸気船も見よう見まねで作り出すほどだった。世界でもそんな国はない。
「おもしろいお話です。リラ、もっといろいろなことが聞きたいですわ」
「リラったら本当にサツキ様の世界のお話が好きですね」
「だって、興味深いんだもの」
「実は、わたしもです」
楽しんでいるリラとクコの姉妹だが、サツキは冷静に考える。
――日本のそうした歴史を紐解いて、改めて気づいたが、科学技術はすぐに進化を遂げる。ブロッキニオ大臣らがどんな兵器を用いるだろう。すでにこの世界にあるという科学兵器だけを想定していたら、まずいことになるかもしれないな。海上戦を避ければ済む話ではない。蒸気船や潜水艦などから発想を転換させて、別の軍事技術についても考えてもよさそうだぞ。こちらには、『
素人目には意外なほどわずかな気づきで、科学技術の分野は変化をするものらしい。その上エンジニアや研究者たちが日々熱心に向き合ってほんの少しの技術向上に力を尽くしている。
きっかけがあれば、飛躍的な向上は起こるべくして起こるというものだ。
――さて、この先どうなるか。
もっと先の話になるが、もし新たな科学兵器が誕生し、その力がより強力になれば、簡単な操作で一度に大量の人間を虐殺する装置がつくられる。
そうなれば、世界規模の軍事行動が起こってゆく。
サツキがブロッキニオ大臣と戦うこの先一年以内には大量殺戮兵器の誕生まで到達しないが、思ってもみなかった科学技術を利用してくる可能性だって充分にある。
この先のことは、サツキにもまるでわからない。
だが、一つだけわかっているのは、士衛組の目的である。
「これ以上は拡大解釈になるだろう。話を戻すぞ」
そう自分に言い聞かせるようにして、みんなを見回す。
「とりあえず、『芸術の塔』《ARTS》と世界樹が同じものなら、その名前からも創造力とイメージコントロールが大事だと思われる。それを意識して、魔法を有効活用しよう」
「はい」
クコが明るい返事をして、玄内がそっと付け足す。
「今後、おれがおまえらの魔法をまた強化することもあるだろう。魔法の可能性を常に考えて行動しろ。以上だ」
みなが「はい」と返事をして、一旦、この場はお開きとなった。
魔法の力がこれから絶対的に役立つ。
士衛組を支える土台になる。
科学技術の話は、玄内とさらに話し合っていきたいと思った。玄内にも話せないこともあるかもしれないが、サツキを導いてくれることもあるはずだ。
この推理と解釈が、これからの士衛組をさらに強化することになってゆくのである。
サツキは外を見て、自分が幼い頃に見てきたのと変わらないような空に、歴史を重ねて想いを馳せた。
――西暦……約一万四千年か。俺がいた時代から見ると、一万二千年後くらいだろう。百年以上前にあった幕末も、俺にとっては遠い昔だった。戦国時代なんて、もっと遠い。約四百年も前だ。平安時代など、もっと、もっと……。だが、ここはそれ以上に先だもんな……。
ただ、横でにこにこしているクコが、どうしてもそれほど遠い存在に見えなかった。
だからサツキは、自分をこの新世界に
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