31 『ソードフランベ』

《ダメージチップ》は、術者バージニーの意思によっていつでもダメージに変換できる。

 この変換を換金と彼女は呼んでいる。

 バージニーは今、サツキへ与えたダメージを換金した。しかも、ミナトに移して。


 ――やってくれた。


 サツキは歯噛みした。

 この換金には、二つの意味がある。

 一つは、バージニーとマドレーヌの狙いが、ミナトを先に潰すことにある、ということ。つまり、サツキのほうが軽んじられているのである。

 もう一つは、ミナトがダメージを肉体に受けた状態で、ダメージをまったく受けていない状態のマドレーヌと戦わなければならない、ということ。

 通常、痛みや肉体の損傷がないほうが、動きはよくなる。逆に、肉体のダメージがあると動きはその分悪くなる。

 さっきまでのサツキとバージニーの攻防において――《ダメージチップ》によるダメージの預かりシステムのために、サツキ自身がどれほどのダメージを受けたかわからなかっただけに、85点も取られていることも一本取られた気分だった。いや、もしかすると、換金しなかっただけで、サツキ自身はもっとダメージを受けているのかもしれないが。

 本当に、彼女たちはよく考えて戦っている。

 しかしミナトはなんにも気にした様子はない。


「どうだい、調子は!? さっきと比べてどうなった!?」

「なんのことです?」


 マドレーヌの剣がミナトに振り落とされるが、ミナトは軽く払って聞き返した。

 これにはマドレーヌも苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「平気な顔してくれるじゃないの! いきなり肉体にダメージが現れたら、普通、もっと動きが悪くなるのにさ」

「この程度で腕がなまっているようじゃァ、ちょっとまずいでしょう。剣士として」


 波打った刀身の剣、フランベルジュがミナトに伸びる。


 ――生意気だわ、本当に!


 そのとき、フランベルジュがぐにゃりと波打って、ミナトの剣がフランベルジュの刀身をすべってしまう。


「おや」

「《オォンデフランベ》!」


 フランベルジュが、ミナトに届く。

 ミナトの肩が斬られる。

 けれども、ダメージは受けない。血も出てこなければ、肩に切り傷さえできていない。

 これもバージニーの《ダメージチップ》でダメージを預かってもらっているからだ。

 が。

 それもほんの一瞬だった。

 バージニーがまた換金した。


「はいっ、ミナトくんに165点を換金!」


 サツキと戦いながらも、素早く換金を済ませるバージニー。


「合計250点。どうだい、調子は!?」


 煽るようなマドレーヌの言葉に、ミナトは苦笑を浮かべた。


「いやあ、変な感じです。血も出ていないのに、この疲労みたいな感覚。ダメージって不思議なものですね」


『司会者』クロノが叫ぶ。


「ミナト選手に大ダメージー! かなり痛い! しかし痛みは感じない! なんということだー! マドレーヌ選手の特殊な剣、フランベルジュがその刀身のごとくぐにゃりと波打って、ミナト選手の剣をすべらせ、ミナト選手を斬ってしまった! これこそが、マドレーヌ選手の魔法です」


 マドレーヌはミナトに言った。


「《オォンデフランベ》。それがワタシの魔法よ。刀身を熱して柔らかくすることで、フランベルジュを本当に波打たせることができる。さあて、これを攻略できるかしら?」


 これにミナトが答える前に、クロノがしゃべらずにはいられないように声をあげた。


「さあ、《オォンデフランベ》の説明を聞いて、これを攻略できるのでしょうか! フランベされたフランベルジュは、その名の通り炎の熱を持ちます。つまり、超高温になっているということですが、バージニー選手の魔法のおかげで痛みも熱も感じない! そこが厄介! 気づいたら絶望の淵に立たされている、それがこの二人のスタイルだ!」


 ミナトはサツキに視線を投げて笑った。


「ごめんよ、サツキ」

「いいさ。ここからは攻めるぞ」

「うん」


 クロノはうんうんとサツキとミナトの会話を聞いて、


「現在、ミナト選手が250点を受けて、残りの体力はちょうど半分。このままでは、ミナト選手が先に戦闘不能状態にさせられて、サツキ選手が一人で二人を相手にしなければならないぞ! だが、なんにもせずにやられるサツキ選手とミナト選手でもないはずだ! みんな、ここから目を離すなよー!」


 すると、バージニーが口元に人差し指を当てて、妖艶に微笑んだ。


「アタシ、もっとサツキくんを可愛がってあげたいんだよねー。ていうことで、特別サービスのボーナスをあげちゃいまーす!」

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