42 『セルフハーム』

「……なるほど。なるほどだわ」


 早くも察したのはチナとルカミのみで、あとの面々はまだサツキの意図がくみ取れない。

 ルカは言葉を続けた。


「今の例で言えば。私がダメージを稼げないのはまだいいとして、クコは1500点取らないと勝てない。しかも、クコが500点のダメージを与えた時点で、その500点のチップは私に換金される。私が気絶して戦闘不能状態になったあとは、クコは完全な二対一で戦うことになる」

「つまり、計算上ルカは敵の二人ではなく、味方のクコに倒されてしまうのだ」


 と、サツキは言った。


「そして当然、バージニーさんたちは三人で500点取ればクコを倒せる。ただし、味方チームに割り振られているルカも始末しないといけないから、ルカに配分するチップとしての500点は、あえて取られておくのも忘れてはいけない」

「この条件と戦術を伏せれば、わたしとルカさんは自分たちが思っているよりもずっと厳しい戦いをすることになる、というわけですか!」


 クコたちが納得したところで、チナミが言った。


「で、三つ目の謎。なぜ、ディーラーのバージニーさんだけが自傷ダメージをカウントする設計にしたのか。この謎が解ける」

「どうして? チナミちゃん」


 ナズナが尋ねると、チナミは淡々と説明した。


「相手が強ければ……たとえば、クコさんがものすごく強ければ、簡単にバージニーさんは500点を取られてしまう。でも、ルカさんに500点を換金する分としてそれで構わないし、それ以上は無敵状態になってダメージは加算されないから、無理矢理アタックを続ければいずれクコさんからも500点を取れる。それは通常の勝ち筋」

「まずいのは、相手が弱いとき?」


 ピンときていないナズナに、チナミは言った。


「弱いというより、相手が注意深く、互いにダメージを与えられない場合。このとき、バージニーさんたちチームのダメージは増えない」

「ルカさんに500点分の換金をしたくても、そのダメージが相手からもらえないってことだね」


 と、リラが言った。


「そう。特殊な仕掛けや魔法、場外に吹っ飛ばす戦法を使う相手は苦手ってことでもある。仮に、一人……クコさんだけ倒せても、残るルカさんを倒すことはできずに手が打てなくなるから」


 ナズナはまたチナミに疑問を向けた。


「じゃあ、そういうときは、魔法を、解除するの?」

「そこで自傷ダメージの出番。自分で自分チームのダメージを稼いで、残った味方――今の例で言えば、ルカさん――に移せば……」

「直接攻撃しなくても、倒せるわけですね」


 と、クコがまとめた。ナズナも「す、すごいね……」と驚いている。

 サツキはうむとうなずき、バージニーに向き直った。


「なぜ、自分だけ自分へのダメージが与えられるのか? 俺は最初、それを無意味な機能だと思った。強力な魔法を持つがゆえの反動で、自分へのデメリットを設計に組み込まないといけないかとも考えた。でも、デメリットではないとしたら? その使い道を考えたとき、味方チームの割り振りの件と結びついて戦術の図面が浮かび上がったんです」

「お見事! 大正解だよ、サツキくん」


 バージニーはうれしそうに拍手した。


「ブラフとペテンはお手の物だと思います。俺たち相手にもそれをすれば、勝てていたかもしれない。なのに、俺の目で見ても、ダメージや魔力の動きからも、ちゃんと俺とミナトが同じチームでした。どうしてこの戦術を使わなかったんですか?」


 そこがサツキにはわからなかったのだ。必勝法を使わないのが解せない。サツキの問いに、バージニーはおかしそうに笑って答えた。


「レオーネ様の友人だから敬意を持って、かな。それに、レオーネ様が見た場合、ペテンがバレちゃう。バレるのはいいけど、実力不足を補うためにペテンを使っているとは思われたくないの」

「つまんないプライドよ、バージニーの」


 すべては敬愛するレオーネに認めてもらいたいがためのコロッセオ。だからこそ、そんなプライドと乙女心でサツキとミナトには二対二で戦ったのである。


「どっちみち、ミナトくんが強すぎて敵チームとか味方チームとか関係なく、最終的に場外にされていたと思う」

「……」


 ちょっとだけサツキが不満な顔をしたのを、バージニーは見逃さなかった。

「サツキくんもちゃんと強かったよ! アタシを場外にしたのもサツキくんだもんね? かっこよかったよ」

「ちょっと、やめてください」


 抱きついてきて頭を撫でようとするバージニー。すかさずチナミとルカがそれを止めようと動き、一拍遅れてヒナも「やめなさい」と引き剥がそうとする。

 バージニーが楽しそうにしているのを横目に見て、マドレーヌは聞いた。


「そんなちょっかいかけてないで、ワタシらもちゃんと試合見て、洞察力を鍛えないとだよ。来年には、もっと強くなって出直して、優勝したいからね」

「あ、マドレーヌちゃん。なんかやる気?」

「あー……まあ、いい剣見て、柄にもなくだれかさんの強さに憧れてさ。今度は、あんたのためだけじゃなく、剣士としても強くなりたいって思っただけ」


 ミナトがうれしそうに、


「いいですねえ。剣士の高みを目指す僕と同じだ。僕もサツキのためだけじゃなく、剣士としてただただ強くなりたいって思いもあるんです」

「へえ」

「でも、そのだれかさんって人、相当なんでしょうね。どんな人なんです?」


 目を輝かせて質問してくるミナトを見て、マドレーヌは頬を染め、ぎゅっとミナトのほっぺたをつねった。


「知るか」

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