58 『アサンプション』

 レオーネの問いに答えることなく、マフィアは剣を振った。


「そこか! うらああ! クソ、かすらねえ!」

「キミは重要なことはなにも知らないのかな?」


 重ねてレオーネが尋ねるが、マフィアは頭を動かして剣を振り回す。


「そっちか! クソ、また当たらねえ!」

「なるほど。キミは存外取り乱したわけでもない。その割に、オレの問いに少しも思考が向くこともなかった。以上の反応から、答えることを渋ったのではなく、答えを知らないことがわかった。考える時間の短さは、答えられることがなにもない証拠といえるからね。充分だ」

「てめえ! レオーネ! おれになにをしたか言いやがれ!」

「ああ、答えよう。キミは口でこそ答えなかったが、行動で示してくれたからね」


 と爽やかに微笑む。


「解説。キミに施した《ポルタネッビア》は、一歩でもその場を動くと霧の世界への門をくぐることになる。つまり、キミは今、霧の中にいる。もっとも、視界がそうなっただけだが」


 解説を終えると、すかさずまたレオーネの上着がマフィアを殴って昏倒させた。


「ぐっあ!」


 パチンとレオーネが指を鳴らすと、どこからか一人の老人が歩み寄って、


「見事なお手並みです。この二人は私が縛り、マノーラ騎士団に差し出しますのでお任せを」

「はい。よろしくお願います」


 レオーネは小さく微笑みを返す。

 老人は『ASTRAアストラ』の一員であったらしい。

 二人のマフィアを老人に任せたレオーネは、ミツキの元へと戻ってくる。


「気の利いたサポートだったよ、ミツキ」

「よく私の合図に気づきましたね」

「当然、わかるさ。ミツキ。キミはまず、口を閉じた。会話の途切れで、異変を伝えた。そして、刀の鯉口を斬った。ここで、この異変が敵襲であることを示したんだ。さらに刃を光らせた。たったの数センチ。だが、戦闘準備にしてはつばを上げすぎだ。なぜか? それは、刃を鏡代わりにして、背後にいる敵の位置をオレに把握させるため。武器までハッキリ見えるかわからないと踏んで、武器も教えてくれた。そのあとは、オレに任せて刀を鞘に戻した」

「ええ。その通りです。私が刀を鞘に戻す動作をしたときには、もうレオーネさんはカードを後方に投げ、魔法も発動する直前となっていた。戦闘も半ば終わっていました」

「それはそうだが、オレに任せる見切りも早かった。もう少し警戒心を持ってもいいんじゃないかい? ミツキ」

「いえ。それには及びません。もし私が必要以上の警戒をしたときは、レオーネさんの実力に不安を覚えたときです」

「言ってくれるなあ」


 レオーネはおかしそうに肩をすくめた。


「ちなみに、もう一つの魔法《フォッサファルサ》はどのような効果があるのです?」

「どう思う?」


 聞き返され、ミツキは言った。


「見たところ、彼は目が泳ぎ、じたばたして気絶した。つまり、もっともメインの効果は視界にある。霧の世界を見せる《ポルタネッビア》のように。ただし、彼は足元もおぼつかなくなった。じたばたしたのは、霧と違って足元まで含めた視界すべてに影響があったため。ゆえに、視界が完全に暗転するようなものだったと考えてよいでしょう。補足するなら、空中や水中にいるような浮遊感なんかも伴っていた可能性もあります。もっと言えば、手を上に上げたことから、落下感覚があったといったほうが正しいか」


 さらに言えることもある。

 ここから先は口にしないが、それはレオーネの魔法《盗賊遊戯シーフデュエリスト》の特徴に関わることだ。

 まず、レオーネの《盗賊遊戯シーフデュエリスト》は五十枚ほどのカードで一つのデッキを組む。このカードをシャッフルして手札を取り、そこからカードを使う。つまり、使える魔法にはランダム性があり、膨大な魔法をカード化しているレオーネはデッキを使い分けることになる。

 そのため、用途に応じた編成となり、同じデッキに組み込むカードの性質が似ることがあると予想できるのだ。似たカードがあれば、欲しい効果を持つカードが手元に回ってきやすくなるからである。

 現在で言えば、単純な戦闘より相手の行動を制限する効果に長けたものが多く含まれるデッキを使っているはずなのだ。

 ミツキはそうしたことまでは言わなかったが、レオーネはミツキの推理を聞いておかしそうに笑った。


「ご明察だ、ミツキ。《フォッサファルサ》は偽りの穴をつくる魔法さ。その穴に落ちたと錯覚するが、実際は目の前が真っ暗になるだけでなにも起きていない。暗転も落下も正解だよ」


 そうですか、とミツキはなんの感慨もなく言った。

 続けて、ミツキがうながした。


「レオーネさん。改めて聞かせてください。今このマノーラで、なにが起こっているのか」

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